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「ああ、君か。そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ」

新羅がドアを開けると、そこには一人の男が立っていた。
ノーブランドの安物のシャツを着ながら、ブランド物のベルトを巻いているその人物は、見るものにどこかちぐはぐな印象を与える。
それでも不思議と絵になるのは、彼が生まれつき持っているオーラのおかげだろうか。
見るものを惹き付ける何かを彼は持っている。

「お久しぶりです。新羅さん」
「約2週間ぶりだね、幽くん」

新羅の前には、静雄の弟である平和島幽が立っていた。

狼少年、月を見る 5


「まぁ、座ってよ。コーヒーがいいかな? それとも紅茶がいいかな? あ、カモミールティーなんてものもあるけど。僕がこの間眠れないって言ったら、セルティ買ってきてくれたんだ。カモミールにはリラックス効果があるんだって。セルティってば本当に優しいよね、まるで天使のようだ!」
「別にお構いなく。それより例のものはもう届きましたか」

幽は、リビングのソファに座るや否や本題を切り出した。
そんな幽の様子に、新羅はため息をつく。

静雄と臨也が行方不明になってからすぐに、幽は新羅の元へとやってきた。
もちろん兄の行方を探るために、だ。
そして、新羅の元に臨也の手紙が届くようになってからは、こうして手紙を読みに訪ねてくるようになった。
今売り出し中の俳優で、休みも碌に取れないはずの幽が、こうして月に2、3回新羅の家に通ってくる。
それだけ静雄に対する思いが強いのだろう。
いつだったか、兄のことを尊敬していると言っていた幽の言葉を思い出す。

その静雄が行方不明になってからもう半年以上たつ。
顔こそ無表情だが、幽はきっと焦っているに違いない。
そんな彼の焦りをやわらげようとしたのだが、どうやら失敗したらしい。

「それがさ、今週はまだ届かないんだ。折角こうして来て貰ったのに悪いけど」
「…そうですか」
「だから、今半年前に来た手紙を読み返していたよ。ほら、覚えているかい? 4月頃に臨也から来た短い手紙。アレ、あの後に来た手紙で分かったんだけどさ、臨也ってば腹痛で寝込んでたらしいよね」
「覚えてますよ。確か兄貴が作った飯を食べたのが原因だとかで…」
「そうそう。まぁ、記憶喪失の人間が作った料理を食べたんだもの。無理はないか」
「記憶とかは関係ないと思います。もともと兄貴は、料理を作ったことがありませんから」
「え? そうなの?」
「はい。俺も兄貴の作った料理は食べたことがありませんし」

でもあの人は食べたんですね、と幽は口の中で小さく呟いた。
それは他人に聞こえるか聞こえないかの小さな声だったが、新羅は聞き逃さなかった。
そして幽の言葉を理解すると同時に、新羅の胸の中に一つの疑問がわきあがる。
それは、ずっと前から幽に聞いてみたいと思っていたことだった。

「ねぇ、幽くん。君は臨也のことが嫌いかい?」

新羅の言葉に、幽は驚いたように目を瞬かせた。
そして考え込むように俯いたが、やがて首を小さく振った。

「わかりません。ただ少し・・・苦手かもしれません」
「苦手、ね」
「はい。俺にはあの人のことがよく分からないんです。高校時代から兄貴が執着していた人ですから、ずっと見てはいたんですけど」
「静雄が『執着』か。それ、君のお兄さんが聞いたら怒ると思うなぁ。それに臨也ほど分かりやすい人間は他にいないと思うけどね」
「そうでしょうか。俺には、臨也さんが兄貴をどうしたいのかよく分かりません」
「どうって…」

静雄を殺したいんだよ、と続けそうになった言葉を新羅は飲み込んだ。
臨也が心底静雄を嫌っていることを、新羅は知っている。しかし、それを静雄の弟である幽に言うのは躊躇われた。
そんな新羅の考えを見透かしたかのように、幽は一つ小さく頷く。

「臨也さんは兄貴のことを嫌っているって言うんでしょう。それは分かっています。でもそれなら今回なぜ記憶喪失の兄貴を連れて姿を消したんでしょうか。嫌いな人間なら止めを刺すか放っておけばいいのに」
「……」
「あの人の言動と行動はバラバラです。それがいつか兄貴を傷つけそうで怖い。だからもうあの人に兄貴を任せておくことはできません」
「でも二人の居場所が分からないことにはどうにも…」
「兄貴の居場所は突き止めました」

幽の言葉に、新羅は小さく息を飲んだ。
ずっと知りたいと思っていた二人の居場所。それがついに分かったのだ。
しかし、それはあまりにも意外な方面からもたらされた。

「突き止めたって、どうやって」
「新羅さんはいつも私書箱に手紙を送っていたでしょう。それを元に、とある関係者から情報を頂いたんです。兄貴達は今、都内にいますよ」
「都内か…少し意外だったな。それなら目撃情報の一つや二つあってもよさそうなのに」
「人を隠すには人の中っていいますから。4日に、俺はそこに行こうと思っています」
「行ってどうするんだい?」
「先程も言いましたけど、これ以上あの人に兄貴のことを任せられません。兄貴を連れ出して、病院に行きます。こんなに長い間記憶が戻らないなら、ちゃんとした設備のある病院で治療を受けるべきだ」

幽の言葉に、新羅は曖昧に頷いた。
一度静雄を病院に連れて行ったほうがいいというのは、医者としての立場からも同意見だった。
しかし、静雄を無理やり連れ出すという部分に引っかかりを覚える。確か・・・

「静雄は臨也以外の人間との接触を嫌がるんじゃなかったけ。幽くんの腕力で静雄を連れ出せるとは思えないけど」
「それは、今まで臨也さん以外の人間と碌に話をしなかったからでしょう。家族の俺なら話はまた別だと思います。それに、兄貴が他人との接触を嫌がるっていうのが、あの人の作り話の可能性もありますし…」
「随分と臨也のことを疑っているんだね」
「すみません。俺には、あの人のことがよく分からないんです」
「いやいや、臨也に対するスタンスのあり方としては、間違ってはいないと思うよ。確かにあいつの言うことを全て信じるのは危険だ」
「ありがとうございます。新羅さんも一緒に行きますか?」
「10月4日か…。中秋の名月だね」

新羅は、壁にかけてあるカレンダーに目を移した。
そこには、大きな文字で『セルティとお月見!!』と書かれている。セルティは今までお月見というものをしたことがないそうで、それならばと二人で月見をする予定を立てたのだった。
当日は少し遠出をして、いつもより奮発した旅館に泊まる予定だ。
セルティは言葉にこそ出さないが、この小旅行をとても楽しみにしているということを新羅は知っている。

「悪いけど、僕は遠慮させてもらうよ。君の計画がうまくいくように祈ってる」
「はい。きっと成功させます」
「それにしても中秋の名月か。そういえば、学生時代にも3人で月見をしたことがあったなぁ」
「3人って、臨也さんと兄貴とですか」
「そうそう。まぁ、あれは月見とは言えないかな」

新羅は昔を思い出すかのように目を細めた。
高校時代、新羅が屋上にいたところ、静雄に追われた臨也が逃げ込んできたことがあった。
その日は丁度中秋の名月で、臨也を追ってやってきた静雄と3人で空を眺めたのだ。
男3人で気持ち悪いかぎりなのだが、それでもそのときに浮かんでいた月は、言葉を失うほどに綺麗だったのを覚えている。
静雄なんて、臨也を追いかけてきたはずなのに、それを忘れたかのように月に見入っていた。

「そのとき臨也が言ったんだ。『シズちゃん、月が綺麗だね』ってね」
「漱石ですか」
「うん。多分静雄のことをからかったんだと思うけど」
「……」
「そうしたら静雄はどうしたと思う? 『ああ、綺麗だ』って普通に返事を返しちゃったんだよ。静雄と臨也の会話がこんなにスムーズに成立したのって、後にも先にもこのときだけさ」
「…そうですか」
「またあのときみたいに3人で馬鹿をやりたいな。二人がいなくなってから、こんな風に思うようになるなんて、自分でも意外だったけど…。だから幽くん、頼むよ。二人を連れ戻してくれ」
「はい、任せてください」

新羅の言葉に、幽は深く頷いた。
多くの人間を魅了してやまないその目には、しっかりとした決意が表れている。
10月4日まであと少し――。
 


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