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恋人がサンタクロースだと歌ったのは、一体誰だっただろうか。
あれは確かとなりに住むお姉さんの元に、恋人が素敵なプレゼントを持ってやってくるというロマンスにあふれた歌詞だったはずだ。

「あいつも俺も、サンタクロースってタマじゃないよな」

サンタ服に身を包んだ静雄は、自らの恋人の顔を思い浮かべ、寒空の下大きなため息をついた。
 

サンタは遅れてやってくる


11月の下旬にもなると、あちこちでイルミネーションが点灯され、街は一気にクリスマスムードに包まれる。店には、クリスマスソングがひっきりなしに流れ、人々はどこか浮き足立つ。
静雄は、そんな年末の雰囲気が嫌いではなかった。
特に今年は臨也と付き合い始めてから、初めてのクリスマスだ。今まで独りで寂しくクリスマスを過ごしてきた分、今年は臨也と人並みにクリスマスらしきものを満喫しようと思っていた。
…まぁ、そんなことは気恥ずかしくてとても臨也に直接言うことはできないのだが。
そこで、さりげなく臨也にクリスマスの約束を取り付けることにした。それが今から1ヶ月前のことだ。


「臨也、お前クリスマスはどうすんだ?」

静雄の突然の質問に、臨也は驚いたように目を瞬かせた。
それは、正しくきょとんという擬音がつきそうな様子で、どこか幼く感じる。付き合い始めてから、ときどき見せるようになった素の表情に、静雄の顔は自然に緩む。

「シズちゃんってキリスト教徒だったっけ?」
「そうじゃねぇけど。でもクリスマスくらいケーキ食ったりしたっていいじゃねーか」
「そうかなぁ。ケーキを食べたいなら別に今日だって明日だっていいじゃん。まだクリスマスまで1ヶ月もあるんだよ」
「いや、別にケーキを食いたいわけじゃねえよ。お前は、クリスマスを付き合っているヤツと一緒に過ごしたいとか思わねぇのか?」

静雄の言葉に臨也は首を傾げた。

「シズちゃん、クリスマスって何の日か知ってる?」
「何の日って、キリストの誕生日だろ」
「違うよ。聖書にはキリストがいつ生まれたのかは書いていないんだ。キリスト教ができる前から行われていた冬至祭がキリストの降誕を祝う祭りと結びついただけ。そもそも何でキリストの誕生日に、白いひげを生やしたおじさんがプレゼントを配りに来るのか不思議に思わない? あれも聖ニコラウスっていう…」
「あー、もういいから黙れ」

まだまだ続きそうな臨也の薀蓄に、静雄は強制的に言葉を終わらせた。
付き合い始めてから大分耐性ができたとはいえ、まだ臨也の薀蓄に最後まで付き合えるほど気は長くなっていない。それに加え、臨也が静雄とクリスマスを過ごそうと欠片も考えていなかったと言う事実が、少し静雄をヘコませた。臨也は何らクリスマスを特別視していないのだ。

――まぁ、こいつらしいって言えばこいつらしいが…。

納得すると同時に、浮かれていた自分と無関心な臨也へ少し腹が立って来る。
そこで静雄は、意趣返しとして臨也にクリスマスプレゼントを贈ることに決めた。
これならば、臨也に約束をとりつけなくても渡すだけでよい。それに、静雄から臨也に対してプレゼントを贈ったことが今まで一度もなかった。
臨也は、嫌がらせ半分でちょくちょく静雄に物を贈ってくるのだが、静雄は何も贈ったことがない。だから、クリスマスというのはプレゼントを贈る丁度いい機会だ。
しかし、静雄にはあいにくと手持ちの金がなかった。だから手っ取り早く金をためるべくアルバイトを始め…。


そして今に至るわけである。
静雄が選んだのは、ティッシュ配りのバイトだった。短期で手っ取り早く金を貯められるというのがこのバイトを選んだ一番の理由だ。
しかし、ティッシュの広告はおもちゃ屋のもので、静雄はサンタクロースの衣装を着て仕事をする羽目になった。恋人のクリスマスプレゼントを買うために、サンタクロースの格好でティッシュ配りをする羽目になるとは何とも皮肉だ。
おまけに、仕事はクリスマスイヴの今日まで入れられてしまい、臨也にプレゼントを渡しに行く時間は作れそうになかった。これでは一体、何のためにバイトをしているのかわからない。

――別にいいけどよ…。

クリスマスの話題を出したときに見せた臨也の薄い反応を思い出して、静雄はため息をついた。臨也はきっと今頃クリスマスなんて気にも留めないで、いつも通りに気ままに過ごしているに違いない。
静雄がいようがいまいが、臨也にとって大してかわりはないのだ。静雄が空を仰ぎ見ると、背後でざわめきが起こった。

「おい! まただ!」
「今度は誰だ?」
「ピザ屋だそうだ!」

最初は2~3人の人間のひそひそ話だった。
しかし、ざわめきは徐々に大きくなって、静雄に近づいてくる。話し声はそれ程深刻なものではなく、むしろ何かを面白がっているような雰囲気だった。
静雄は、気になって近くにいたバイト先の先輩をつかまえると事情を聞く。

「この騒ぎは何なんすか」
「ああ、さっきからサンタクロースが襲われているんだそうだ」
「は? 襲われる?」
「襲われるっつーと物騒だけどな。正確には不幸に襲われる、だ。とにかく今日サンタ姿のヤツはついていないんだよ」

その人が言うには、今日はサンタクロースの姿をした人間が次々に不運に見舞われているらしい。まず、サンタ姿をしたおもちゃ屋の店員の持ち物が盗まれたことから事は始まった。その店員は、売上代金の一部を持っていたそうで、被害額はかなり大きいものだったらしい。
次に、期間限定でサンタ服を着せられている某有名フライドチキンチェーン店の人形の上に真っ黒なペンキがかけられた。
また、店員がサンタ服を着ていたケーキ屋などは、食中毒騒ぎが起きて、今日は休業する羽目になったのだという。
そして今、サンタ服を着たピザ屋の店員が乗ったバイクがパンクし、危うく大事故になりかけたらしい。

「な、サンタ服のヤツに限って面倒ごとに巻き込まれているんだ。一部じゃサンタの呪いなんて話も出てるぞ」
「…はぁ。単なる偶然なんじゃないっすか?」
「でもこれだけじゃないぞ。お前、周りを見てみろよ」

先輩に言われて静雄は辺りを見渡した。しかし、静雄の周りにはとりたてて何も変わったものはない。いつも通りの池袋の風景が広がっている。

「だから、それがおかしいんだよ。今日はイブだろ。元々は色んな店の人間が大なり小なりサンタの格好をしていたんだ。それなのにサンタ服を着ているヤツが今は見当たらない」

確かに言われてみれば、そうだった。イブともなれば、コンビニの店員だってサンタクロースの帽子くらい被っていたりするのに、静雄の周りにはサンタ服を着た人間はおろかサンタ帽を被った人間さえ、一人もいなかった。
クリスマスイブ当日の繁華街にしては、少し異様ともいえる光景なのかもしれない。

「まぁ、お前の言うとおり単なる偶然って考える方が自然なんだろうけどよ。一応お前も気をつけたほうがいいぞ」

じゃあ昼飯に行ってくるわ、と軽く手を振る先輩に、静雄は頷いた。
サンタ服を着た人間にだけにかかるサンタの呪いなんてバカらしい。そんなものがあるはずがないという静雄の考えはかわらない。だが、こんな馬鹿げた騒ぎを引き起こしそうな人間に一人だけ心当たりがあった。

――いや、いくらアイツでもこんな意味の分からないことはしねーか…?

今までは考えられないことだったが、静雄は付き合い始めてから、臨也を理解しようとする努力だけは一応するようになった。(…それでも、未だ臨也の行動の1割も理解することはできないのだが。)
そして静雄の朧気な理解によると、臨也は自らの人類愛を深めるという行動理念に基づいて行動しているらしい。今回のこのサンタ事件は、臨也の人類愛とは何も関係ないように思われる。
と、するならばむやみに臨也を疑うのはよくないかもしれない。静雄が、無理やり自分をそう納得させようとしたとき、背中に小さな衝撃が襲った。

「シズちゃん、みーっけ」
「てめー、何をしやがるっ!」

静雄は、声のした方向に速攻で向き直る。
背中にはぬるりと濡れた感触。そして地面には白い物体が粉々になっている。つまり自分は、臨也に卵を投げつけられたのだ。

「何って、サンタ狩りだけど?」
「はあ?」
「だからサンタクロースを襲っているわけ。俺、サンタさんって嫌いなんだよねぇ」

そういいながら、臨也は右手の指先にサンタ帽を引っ掛け、くるくると回している。
はっとして、自分の頭の上に手をやると、乗っていたはずのサンタ帽がいつの間にかなくなっていた。知らぬ間に臨也に掠め取られたらしい。

「…町中のサンタにわけのわからねーちょっかいを出しているのは手前か?」

静雄は、湧き上がってくる怒りを押さえ込みながら、低く問いを発した。しかし、臨也は静雄の必死の努力も知らないで、あっさりと頷く。

「この間も言ったよね。サンタクロースっていうのは、そもそも聖ニコラウスっていう人の伝説がモデルになっているんだ。それなのにさ、最近のサンタクロースは勝手に人の家に忍び込んだり、挙句の果てにはティシュ配りまでしてみたり。変な服を着た太ったおじさんが、こっそり人の家に忍び込むってどうなの? 立派な住居侵入罪にあたるんじゃない?」
「…知るかよ」

静雄はキレそうな自分を必死に押さえ込んでいたが、それもそろそろ限界に近かった。現に額には、何本も青筋が浮かんでおり、先ほどからびきびきと嫌な音を立てている。手は臨也へと投げつける獲物を探して無意識にさまよう。
それでも、静雄はなけなしの理性でもってその衝動を押さえ込んだ。

――まだだ、まだこいつは本心を語っていねぇ

臨也の本心はひどく分かりにくい。幾重もの嘘で塗り固められて、時には臨也本人でさえ自分の本心が分からなくなっていたりする。
だから、静雄は臨也と付き合うときに、自分だけは臨也のことを理解する努力をしようと決めたのだ。

「…それなのに、シズちゃんはそんな格好してティッシュなんて配っているしさ。何なんだよ、俺への当てつけのつもり?」
「ああ?」
「確かに俺はクリスマスなんてどうでもいいと思ってるよ。でも、1ヶ月も連絡を断つことないじゃないか」

静雄の中で湧き上がっていた怒りの感情が、ふと静まっていくのを感じた。
確かに、自分はこのバイトを始めてから、臨也と1回も連絡をとっていなかった。それは忙しくなって、物理的に連絡を取りにくくなったという理由もあるが、聡い臨也にバイトを始めた理由を詮索されたくなかったというのもある。静雄は、臨也には内緒でプレゼントを渡したかったのだ。

――ってことはあれか? こいつは連絡のない俺にじれてここに来たってわけか…?

少しだけ垣間見られた本心に、臨也への愛しさがこみ上げてくる。
9割方は分からないと思っていた臨也の行動。しかし、今回ばかりは、静雄が理解できる1割のほうだったらしい。

「何だ、お前寂しかったのか」
「…なっ」

臨也の顔が瞬時に赤く染まった。臨也は静雄に何か言い返そうと口を開くも、動揺して言葉が出てこないようだ。口をパクパクとさせている臨也に、静雄は笑みを浮かべた。
静雄は、これまで臨也は基本的に、わけのわからない人類愛だとかいうものに基づいて事件を起こしているのだと思っていた。しかし、いつの間にか臨也の中で静雄の比重が大きくなっていたようだ。その事実が、どうしようもなく静雄を喜ばせる。
静雄は、おもむろに臨也の手を握ると歩き始めた。

「…俺の家に行くぞ」
「ちょっと、何なんだよ。いきなり!」
「いいから、お前はメシでも作れ」
「はあ?」
「あれがいいな。鳥の丸焼き」

臨也は、しばらく静雄の手を振りほどこうと抵抗していたが、その抵抗が無駄だと悟ったのか小さくため息をついた。

「鳥の丸焼きってなんだよ。ローストチキンだろ」
「どっちでも同じだろうが」
「全然違うよ。………今日は、豚のしょうが焼きだからね」

小さく呟かれた言葉に、静雄は笑みを深めた。鳥の丸焼きでも豚のしょうが焼きでもなんでもいい。ただ、手の中にあるこの存在がいてくれれば、それでいいのだ。
恋人がサンタクロースだと歌ったのは、一体誰だっただろうか。
静雄は、自分も臨也もサンタなんて柄ではないと思っていた。しかし、それはどうやら間違いだったらしい。
この破天荒なサンタクロースは静雄の元へと確かな幸せを運んできてくれた。

「ケーキでも買って帰るか」
「…モンブランがいい」

とんだ要求の多いサンタだ。でも不思議と嫌いにはなれない。
後でこいつに内緒で買ったプレゼントを渡したら、一体どんな顔をするだろうか。
静雄は、臨也の間抜けな顔を想像し、一人噴出した。
 


(了)

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――くそ、何なんだよ。あいつ!

静雄は、調理場にあるゴミ箱を蹴り上げた。
先ほど臨也の元にコーヒーを置きに行ってからというもの、静雄は極めて苛立っていた。なぜこんなにも腹が立っているのか静雄は自分でも理解できない。そんな不可解な状態にもまた腹立ち、静雄の怒りは増長していく。

――そもそもバイト先に、クソ臨也が来るのが悪いんだ。
   カラオケで歌なんて歌うタマか、あいつが。

そして静雄は、臨也のいる個室に入ってきた2人の男達の顔を思い浮かべた。一人はメガネをかけたサラリーマン風の男で、もう一人は私服のどこにでもいそうな今時の若者だった。その二人と臨也という組み合わせは、どこかチグハグで釣り合わない。

――あいつ、絶対にまた何か企んでいやがる。

情報屋である臨也が、いろいろな種類の人間と関わり合いを持つことは、別に不自然なことではない。臨也が池袋の街を、大勢の少女達を引き連れて歩いているところを静雄は何回か目撃していた。怪しげな臨也の交友関係は確かに気に食わないが、それでも自分が口を出せる部分ではないと静雄は心得ていた。
しかし、今日臨也が見知らぬ男達と会っているという事実は妙に静雄を苛立たせた。それはなぜかと考えて、静雄は一つの理由に思い当たる。

――あいつが見たこともない顔で笑っていたからだ。

慌しく部屋に入ってきた男達に、そんなに待ってないと笑いかけた臨也の顔は酷く柔らかかった。いつも臨也が浮かべる笑みといえば、人を出し抜こうとする胡散臭い笑みや、相手を見下す嘲笑ばかりだ。
静雄に対しては、あんな柔らかい笑みなど浮かべてみせた試しがない。

「くそっ」

静雄は、気づいてしまった事実に思わず舌打ちをした。これでは、まるで自分が男達に嫉妬をしているようだ。馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、静雄の頭の中を先ほどの臨也の笑顔が駆け巡る。あの男達と臨也は、今何を話しているのか、そして一体どういう関係なのか、次々と静雄の中に疑問がわきあがった。

「ああこのくそったれが!」

こんなところでうじうじと悩んでいるのは性分でない。静雄は、乱暴にメニュー表を掴むと、調理場を飛び出した。


§


臨也のいる個室の前は、奇妙に静かだった。
他の個室のようにカラオケの音が漏れ出てもいなければ、話し声が聞こえる様子もない。静雄は、一瞬扉を開けるかどうか迷ったが、それでも男達と臨也の関係の方が気にかかった。
自らの感情のまま、ノックもせずに勢いよく扉を開く。
いきなり開かれた扉に、男達が驚いた様子でこちらを振り返った。
静雄は、部屋の中に充満する匂いに、眉を寄せる。それは静雄にとってはよく嗅ぎなれた匂いだった。

――血の匂いか…?

怪訝に思い、部屋の中に視線をさまよわせる。そして、ある一点に視線が止まった。ソファの影に何か黒い塊が転がっている。
よくよく目を凝らすと、黒い塊は人間だということが分かった。あちこちから血を流し、足はあり得ない方向に曲がっていた。そして、その顔は真っ青で、まるで生気というものが感じられない。

「い…ざ、や?」

静雄は、呆然とつぶやいた。しかし、黒い塊はピクリとも動かない。完璧に沈黙しているその様は、死んでいるかのように見えた。

「…勝手に入ってこられては困りますねぇ」

立ち尽くしている静雄に、ハナが声を掛けた。それでも静雄は、倒れた臨也から目を離せない。
静雄は臨也を凝視したまま、呟くようにして言った。

「…お前らがやったのか?」
「は?」
「お前らが、こいつをやったのかと聞いてんだ!」

静雄は臨也を指差すと、初めて男達の方へと視線を移した。リカとハナは、静雄の言葉にニヤリと笑う。
その二人の様子に、静雄はブチ切れた。静雄の中を今まで経験したことのない感情が駆け巡る。それは、怒り、悲しみ、恐怖、焦燥、全てがない交ぜになった圧倒的質量をもった感情だった。

「許さねぇ」

静雄は、部屋にあったソファに手を掛けると持ち上げる。
そして、それを男達に向かって投げつけた。

「てめぇらだけは、絶対に許さねぇ!!」

ハナとリカは突然飛んできたソファーに、慌てて横へ飛びのけた。しかし、避けた先には既に静雄が待ち構えていた。静雄は、ハナの顔面へと思い切り蹴りを叩き込む。ハナは声にならない悲鳴を上げて壁へと叩きつけられた。静雄は追い討ちをかけるように、ハナの腹へと何度も蹴りを入れる。

「お前、何しやがる!」

ハナへの攻撃に夢中になっている静雄の頭を、リカが殴りつけた。しかし、静雄はビクともしない。
静雄はゆっくりと振り向くと、リカの首を締め上げた。そして、そのままリカの顔を殴りつける。

「ぐぇっ」

リカが蛙を潰したような悲鳴を上げた。静雄のパンチに、リカの口端が切れる。
静雄は自らの拳についた血にも構わず、ひたすらリカを殴り続けた。

殴る。
蹴る。
殴る。
殴る。
殴る。

どれくらいの時間が経ったであろうか。
ひたすら殴打音のみが響く中、小さな呟きが部屋を震わせた。

「…シズちゃん」

耳に響いた小さな声に、静雄は我に返ったように攻撃する手を止める。そして、ゆっくりと後ろを振り向くと、こちらをじっと見つめる臨也と目が合った。

――生きて…いる。

静雄は、全身から力が抜けていくのを感じた。思わずその場に座り込みそうになるが、根性で踏みとどまる。

「シズちゃん、ごめん」
「何謝ってんだ。バカ」
「だって…」

臨也の視線を感じ、静雄は自分の頬へと手を当てた。すると、そこに何か暖かい液体が伝っている。
慌てて頬をぬぐうと、先ほど殴っていたときについた男達の血が頬へとべっとり付着した。きっと今自分はすごい顔になっているのだろう。微妙な表情を浮かべた臨也がじっとこちらを見つめている。

静雄は無言で臨也の元へと歩み寄ると、細心の注意を払って臨也をおぶった。
途端に臨也がくぐもった悲鳴を上げる。静雄は臨也が落ち着くのを待つと、裏口からカラオケ店を出た。
外はもう暗く、あちこちでネオンが光っている。風俗店の呼び込みが必死に客引きをしていたが、静雄と臨也のことを気にするものは誰もいない。

黙々と歩みを進める中、静雄は、背中におぶった臨也が何かを聞きたそうにしているのを感じとった。
臨也は普段は無駄によくしゃべるくせに、こういうときは決して自分から口を開かない。だから、静雄は、臨也の疑問に答えるべく声を掛ける。

「これから新羅のとこに行くぞ」
「うん。…そうじゃなくて」

そう言って、臨也は再び口ごもる。こんなに歯切れの悪い臨也は珍しい。静雄は、臨也が口を開くのを根気強く待った。
やがて、臨也は観念したかのように口を開く。

「シズちゃん、バイトはよかったの?」

臨也が本当に聞きたいことは、こんなことではないのだろう。静雄には、それが分かった。
だから静雄は一つ頷くと、精一杯の表現で自らの気持ちを言葉にした。

「お前、俺の知らないところでくたばるんじゃねえぞ。もしくたばったら絶対に許さないからな」

臨也は小さく息をのむと、ゆっくり頷いた。そして、怪我をしていない方の手でぎゅっと静雄の服を握り締める。

――温かい。

静雄は背中に感じるぬくもりに、心の底から安堵する。
服を握り締める臨也の手に自らの手を重ねると、あとは無言で新羅の家へと歩みを進めた。

 

(了)
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