●ビデオファイル 4月1日午後1時38分撮影
「臨也、布団の中にパソコンを持ち込むなってさっきから言ってるじゃねーか」
静雄は、寝室に入るなり顔をしかめた。
無駄に大きいベッドの上では、臨也がノートパソコンを持ち込んで何やら難しい顔をしている。
「だって、情報屋の俺にとってパソコンは必需品だよ。それに俺の名を騙ってあいつらが悪さをするから目が離せな…」
「だからよぉ、風邪をひいてるときくらい大人しく寝てろっつーの。今朝、俺がゴミ捨て場で手前を拾わなかったら、今頃あの世に行ってたぞ」
朝、静雄がゴミを捨てに行くと、臨也がゴミ袋の山に埋もれるようにして倒れていた。
どうやら昨日防火水槽の水をかぶったことで、高熱を出したらしい。
それでも何とか仕事をこなし、家に帰ろうとしたところ、途中で力尽きたようだ。なぜよりにもよってゴミ山の横で力尽きたのかは不明だが、きっとノミ蟲らしくゴミが好きなのだろうと静雄は結論づけた。
静雄はそのまま臨也を放っておこうかとも思ったが、自分が投げた水槽のせいで風邪を引き、挙句の果てにくたばられたのでは、寝覚めが悪い。
ノミ蟲は、もっと直接的な方法で退治しようと心に決めている。
それに加えて、(これが一番の理由なのだが)静雄と臨也はいわゆる恋仲にあるのだ。
街で顔を合わせれば殺し合いの喧嘩を始める二人だったが、週に何回かはお互いの家を行き来もしている。
相手を殺したくなるほど「嫌い」だと言う感情と「好き」なのだという感情。一見矛盾する二つの感情は、二人の中では奇妙に共存していた。
だから、静雄は臨也をマンションまで送り届け――
今こうしてここにいるわけである。
「助けてくれたことについては感謝してるよ。ありがとう」
「手前に礼なんて言われると気持ち悪ぃな。お前は熱があっておかしくなってんだ。ほら、もうとっとと寝やがれ」
「失礼だなぁ、俺はいたって正常だよ」
「自分では気づいてないからタチ悪ぃんだよ」
「そんなことはないさ」
「それなら言うけどな。手前は3、4日前から体調崩してたぞ。それなのに、ずぶ濡れになっても体を乾かさないまま走り回るだなんて無謀にも程がある」
静雄の言葉に、臨也は首をかしげた。
ここ数日は、すこぶる体調は快調だったように思う。全く思い当たる節はない。
「そう?」
「ああ、そうだ。箪笥の角に足の小指はぶつけるし、夕食を食べるときには頬にミートソースをつけても気がつかないし、おかしいとは思ってたんだ。それがこのザマだ」
ミートソースを拭う際に感じ取った体温は、いつもより少し高めだったように思う。きっとこの時から熱を出していたのだろう。
静雄は、怒りに任せ防火水槽を投げつけたことを少しだけ後悔した。
臨也はそんな静雄の思考を見透かしたかのように、ニヤリと笑う。
「でもさぁ、俺がここまでの熱を出したのはシズちゃんのせいだよね」
「ああ? 何が言いたい」
「うーん、運動したら熱が下がるっていうし? シズちゃんに責任とってもらおうかと思ってさ。ついでにどっかの腐女子の妄想を現実にしてもいいかなって思っただけ」
「腐女子? 何だそれ?」
「シズちゃんには、まだ無理か。今はこれで勘弁してやるよ」
臨也は、静雄の腕を取ると、思い切り自分の方へと引き寄せた。
静雄は、思わずベッドにいるの臨也の上へと倒れ掛かる。
「てめぇ!」
「ちょっと黙ってて」
臨也は笑う。この上なく幸せそうに。
そして、静雄の頭を引き寄せると、とびきり甘いキスをした。