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§ 10月4日 都内某マンション


コトリ、と。何かが動く小さな音に、静雄は我に返った。
いつの間にか部屋の中は薄暗く、物の形を判別するのも困難な状態になっている。
幽が帰った時点では、まだ日は沈んでいなかった。ということは、自分は随分と長い間こうして考え込んでいたらしい。
静雄は、視界の端で何かが動く気配を捉えると、小さく苦笑した。

「臨也、目が覚めたのか」
「…うん」

消え入りそうな声が、薄暗い部屋に溶ける。
臨也は遠慮がちに静雄の側によると、向かい側にあるソファーへと腰掛けた。

「悪かったな。お前を驚かせた」
「今日来た人って、シズちゃんの弟?」
「ああ、そうだ」
「どこかで見たことある気がしたんだよね」
「言ってなかったけど、あいつは俳優をやっている。そういや、昨日手前が見ていたテレビにも出ていたな」
「だから、すぐにテレビを消したのか」
「……何の話だ」

静雄が臨也を見やると、臨也はさっと視線を下げた。
部屋の中に気まずい沈黙が落ちる。
言いたいことは雄弁に言葉にする臨也だけに、静雄に対してこんな態度をとることは珍しい。

「安心しろ、あいつはもうここには来ない」

静雄がそう告げると、臨也は弾かれたように顔を上げた。

「それってどういうこと?」
「話し合いでそう決めた。手前だって、知らないやつがいるんじゃ気が休まらないだろう?」

それは半分は本当で、半分は嘘だった。
まず幽がここにもう来ないというのは本当だ。幽はあの後、黙ってこの部屋を後にした。
その際、幽は一度も静雄の顔を見ようとはしなかった。幽は昔から無口だが、その目は雄弁に彼の考えを語る。そんな幽が人と視線を合わせようとしないことは珍しい。
だからこそ静雄は悟った。弟はきっと自分に失望したのだ、と。

幽の言い分が正しいということは静雄にも分かっている。
記憶を失った臨也を、半ば監禁するようにしてこのマンションに閉じ込めている今の状態はどう考えたって正しいとは言えない。
一応、命を狙われている臨也を守るためだという大義名分はある。しかし幽の言うとおり、静雄は自分のために今の生活を守りたいだけなのかもしれなかった。
――ただ臨也を自分の元へと繋ぎとめておくためだけに。

静雄は考える。記憶を取り戻せば、臨也はきっとこの部屋を出て行くだろう。
静雄のことが世界一嫌いだと公言して憚らない臨也のことだ。きっとこんな腑抜けた自分を見て、臨也は自分への興味を失うに違いない。
それが静雄は何よりも怖かった。

幽の言うように記憶を取り戻した臨也を見て、臨也への恋情が消えていくとは思えない。
臨也と出会ってからずっと抱き続けている身を焼き尽くすような強い感情は、確かに恋というものなのだと、今なら分かる。
ずっと折原臨也という存在に恋焦がれて来たのだ。この思いは、臨也の記憶ひとつでどうにかなるものではない。
しかし、もし臨也が自分への興味を失くしてしまったら。そして自分を省みなくなったとしたら――。
想像しただけで気が狂いそうだった。

だからこそ、臨也は記憶を取り戻してはいけない。
そして、臨也が記憶を取り戻すきっかけになるものはすべて排除しなければならないのだ。

「…シズちゃん?」

遠慮がちにかけられたその声に、静雄は我に返った。
顔を上げると、臨也が複雑な表情をしてこちらを見やっている。

「悪ぃ」
「いや、俺の方こそごめん」
「何で手前が謝んだよ」
「だって、俺がいるせいでシズちゃんは家族にも会えないから」
「馬鹿、手前のせいじゃないって言ってんだろ」

そう言葉を返すと、臨也の顔が困ったように歪んだ。
静雄は思わず臨也の手を掴むと、勢いよく自分の元へと引き寄せる。臨也があっ、と小さな声を上げたが、無視してその小さな頭を抱え込んだ。
そのまま深く息を吸い込む。するとほのかに臨也の匂いがした。
昔は、静雄の心をざわつかせた臨也の香り。だが、今は不思議と心が休まる。
それは、静雄が臨也への恋情を認めたからだろうか。
一度、その感情に名前をつけると、臨也を好きだという思いは静雄の胸に次々とあふれてくる。
今まで気づかなかったのが嘘のようだ。今は、この存在を決して手放したくはない。

「シズちゃん…?」
「なぁ、お前はここを出たいか?」

腕の中にいる臨也が微かに身じろいだ。
答えを聞くのが怖くて、静雄は口早に言葉を続ける。

「お前には家族もいる。違う奴と話せば記憶だって戻るかもしれねぇ」
「……」
「でも、俺は嫌なんだ。手前をどこにも行かせたくない」
「…シズちゃん」
「臨也、俺をおいて行くな」

行かないでくれ、と。祈るようにして呟いた言葉は、みっともなく掠れていた。
臨也は一体どんな顔をしているのか。少し気になったが、静雄は顔を上げることができなかった。
かわりに臨也を抱きしめる腕に少し力をこめる。
すると腕の中の臨也が、静雄の背中へ腕をまわした。そのまま静雄をなだめるかのように、ゆるゆると背を叩く。

「やだな、シズちゃん。俺はここにいる」

シズちゃんの隣にいさせてよ、と。臨也はまるで歌うかのように静雄の耳元で囁く。
臨也の声が耳に心地よくて、その言葉にどうしようもなく安堵して、静雄は目を閉じた。

そして、思い出す。そういえば以前にも同じようなことがなかったか。
あの時は確か春だった。
病院から連れ出した臨也と一緒にこの部屋で生活を始めたばかりのころで、何もかもが手探りだった。
臨也は通常1週間おきに記憶をリセットする。当時、静雄はそれが怖かった。
記憶を失う臨也がまるでここでの生活を拒否しているようで、いつか静雄の元を去っていくのではないかと怖くてたまらなかったのだ。
だからこそ、「ずっとここにいる」と言った臨也の言葉に心底安堵したのを覚えている。

――何だ、今と一緒じゃねぇか。

静雄が恐れているものも、そして自分を安堵させる臨也の言葉さえも、春と全く同じだったことに気づく。
臨也はきっと本能的に静雄の不安を見抜き、自分を安堵させるすべを習得しているのだろう。
何回記憶を失っても、臨也のそういうところは全然変わらない。
そして、どうやら自分は春からちっとも進歩していないらしい。
だからこそ、今度は自分からこの言葉を言うのだ。

「なぁ、臨也。月見をしよう」

臨也は静雄の腕から抜け出ると、きょとんといった様子で静雄の顔を見つめる。
そして、何がおかしいのかくすくすと笑い始めた。

「やだなぁ、シズちゃんが月見なんてするタマかい?」
「ふざけんなよ。お前は覚えていないだろうけどな、俺はこよなく情緒を大事にする人間なんだ」

そう言うと、臨也は微かに首を傾げる。

「へぇ、そうなんだ」
「ああ、そうだぞ。春には花見、冬には雪見。俺にはお前とやりたいことが沢山ある」
「シズちゃんって意外と風流なんだねぇ」
「いやか?」
「ううん、俺にもシズちゃんとやりたいことが沢山あるよ」

そう言って臨也は柔らかく笑う。
こうして一緒に暮らし始めるまで、静雄は臨也のこんな顔を見たことがなかった。
今まで自分は折原臨也という人間のほんの表層しか見ていなかったのだということに気づく。
だからこそ、こうして新たな臨也の一面を発見するたびに、臨也への思いはどんどん膨れ上がっていく。
一度自覚した臨也への恋情はとどまることを知らない。

「よし、行くぞ」

静雄はソファから立ち上がると、臨也の腕をとった。
そして、そのまま臨也を引きずるようにして歩き出す。

「ちょっとどこ行くの?」
「月見は屋上でするって決まってんだよ」
「別に引っ張ってくれなくても、一人で大丈夫だよ」
「手前は鈍いからな。きっと階段でコケる」
「何だよ、それ!」

臨也が頬をふくらませて不満をアピールするが、そんなものは綺麗に無視をする。
ついでに臨也の頬が赤く染まっていることにも気づかないふりをしておいてやろう。
静雄は臨也の手を握りなおすと、屋上目指して駆け出した。

 

臨也が前回の記憶を失ってから今日で丁度一週間になる。
だから明日には臨也はすべてのことを忘れるだろう。
静雄の名前も。そして今日という日があったことさえも。

だが、静雄は今日という日を決して忘れない。だから、別にいいのだ。
今という時間が楽しければ、それでいい。

静雄は小さく頷くと、階段の一段目へと足をかけた。

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お久しぶりです! ずっと更新できなくてごめんなさい。
4月から忙しい部署に配属になり、ちょっとバタバタしていました。
どれくらいで落ち着くかは分かりませんが、もうちょっと更新できるようにしたいです。

それにしても、2クール目に入り、アニメは更に面白くなってきましたね!
3巻と2巻が程よくミックスされていて、毎回目が離せません。
特に罪歌が現れるあたりの演出は、ちょっとホラーっぽさも加わって見ていてドキドキしました。
シズちゃんはどんどん格好良くなっていくし、臨也は鬼畜さが際立っていくし、今後の展開が本当に楽しみです!

そして全く関係ないのですが、新しいお話が書きたくてうずうずしています。
タイムスリップものか、ちょっとシリアスな感じの本編捏造もの。
薄々お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、どうも臨也を書いているといじめたくなってしまうようです。
でも平行して他の連載をするのは、できなさそうなので…orz
狼少年~が終わるまでは我慢、我慢。

それでは続きから拍手のお返事です。
他の方々も本当にありがとうございます。毎回、とても幸せです!
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