忍者ブログ
すいかの種は、新サイト(http://suikaumai.web.fc2.com/)に移転しました。小説等の更新は、そちらで行っております。
[28] [27] [26] [25] [24] [23] [22] [21] [20] [19] [18]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


「シズちゃん、はやくはやく」

臨也は、跳ねるようにして階段を駆け上っていく。
その様子は、はしゃいでいる子供そのものだ。
静雄は大きな子供を前に苦笑すると、その背中に声を掛けた。

「おい、臨也。そんなに急ぐとコケるぞ」
「コケるって、子供じゃあるまいし。…っと」

後ろを振り返った臨也が、階段を踏み外した。大きく傾く体に、静雄はヒヤリとする。
しかし、臨也は持ち前の反射神経でもって手すりを掴むと、すぐに体勢を立ち直した。

「ほら、この通り。俺の運動神経を見くびらないでもらいたいよ」
「馬鹿! 何やってんだ」

まるでわざと体勢を崩したかのような口ぶりだが、今のは絶対にわざとじゃない。
臨也は本当に足を踏み外したのだ。そして、それを誤魔化そうとする臨也に少しだけ腹が立った。
静雄は、右手で臨也の手を掴むと固く握り締める。

「な、何…?」
「こうすればコケても安心だろ。よし、行くぞ」

静雄は臨也の手を握りなおすと、ぐいと上に引き上げた。
臨也はわざとらしく不満そうな顔を作ったが、それでも繋いだ手が嬉しいのだろう。喜びの色を隠し切れないでいる。

「『シズちゃん』って、ずるい」
「何か言ったか?」
「ううん、別に。ほら、着いたよ」

臨也が屋上へと続くドアを開け放つ。途端に、夜のひやりとした冷気が身を包んだ。
静雄は微かな温もりを求めて、臨也の手を握る力を強くする。

「まだちょっと寒いねぇ」
「この寒さはちょっとじゃねぇだろ。一体どこに桜が咲いてるっていうんだよ」
「こっちこっち」

臨也が静雄の手を引っ張りながら走り出す。
無邪気なその様子に静雄は頬を緩めると、繋いだ手に引っ張られるようにして後を着いていく。
臨也は飛び降り防止用の柵のところまでいくと、柵から身を乗り出して下を覗き込んだ。

「臨也、危ねぇぞ」
「大丈夫だよ。シズちゃんがいるじゃない」
「おい、コラ。この状態でお前が飛び降りたら俺まで真っ逆さまじゃねぇか。道連れにするつもりか?」
「道連れかぁ。それもいいかもね」
「…おい」
「うそうそ。ほら、シズちゃんもご覧よ」

臨也に促されて、静雄も下を覗き込む。

「へぇ。見事だな」

そこからは、マンションの前の通りに植えられた桜並木が見えた。
数え切れないほどの桜が、月明かりに照らされてぼうっと光っている。
上から覗き込むと、白い道ができているかのようだ。

「まだ、七部咲きなのが惜しいな。お前、いつの間にこんな場所を見つけたんだ?」
「……この間、布団を干す場所を探していたら偶々ね」
「臨也、約束を忘れたのか」
「ごめん、でもこうして桜も見れたし、いいじゃない」
「まぁ、今回のことはこれでチャラにしてやる」
「それはそれはありがたき幸せ。恐悦至極にございます」

臨也は冗談めかしてそういうと、大仰な仕草でもってお辞儀をした。
その背後にはぽっかりと月が浮かんでおり、臨也を照らしている。月を背負った臨也は、この世のものではないかのように美しい。
まるで何かの映画のような情景に、静雄はふと既視感を感じた。

――確か、前にもこんなことが…。

記憶の糸を手繰ろうと、静雄は手すりを握り締める。
次の瞬間、静雄の全身を貫くような痛みが走った。

「っ…」

突然の激痛に、静雄はこらえきれずしゃがみこむ。
すると、臨也が焦ったように静雄の顔を覗き込んだ。

「シズちゃん、大丈夫?」
「…ああ。心配すんな」
「ごめん、シズちゃんは怪我人なのに無理をさせちゃったね。もういいから部屋に戻ろう」

先ほどまであんなにはしゃいでいた臨也が、まるで人が変わったように沈んでいる。
自分のせいで楽しい時間が終わってしまったように感じ、静雄は残念だった。

「なぁ、もう少しくらいこうしていても…」
「お花見はまたできるから。それにお花見だけじゃないよ。秋にはお月見、冬には雪見。俺はシズちゃんとやりたいことが沢山あるんだ」

だから今日はもう帰ろう、そう言って臨也は静雄の包帯に口づける。
静雄の怪我を気遣ったのだろう。触れたのが微かに分かるくらいの軽い感触に、静雄は何だかくすぐったくなる。
静雄の表情が緩んだのを確認し、臨也は手を差し出した。静雄は、その手を掴み立ち上がる。

「なぁ、臨也。前にもこんなことがなかったか?」
「こんなことって?」
「だからお前と屋上で月を…。いや、別にいい。気にしないでくれ」

静雄は、自ら問いを投げかけながら、途中でそれを打ち切った。
臨也はそんな静雄の様子を不思議そうに眺めている。
静雄は、臨也の視線を断ち切るかのように一つ首を振ると、出口に向かって歩き出した。

先ほどの発言は、完全なる失言だった。
今この男にこんなことを聞いたって、碌な答えが返ってくるわけがないのだ。
それを静雄は分かっていたはずなのに、つい聞いてしまった。

――全く俺はどうかしている。

月には魔力があるという。
ひょっとしたら、今日は月の魔力に捕らわれていたのかもしれない。

 

>>次へ

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
管理人のみ閲覧可能にする    
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
拍手
よろしかったらポチっとお願いします。
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright (c) すいかの種 All Rights Reserved
忍者ブログ / [PR]