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§ 10月、都内某マンション


新羅は手紙を折りたたむと、小さくため息をついた。
そして封筒に入れた手紙を、机の一番上の引き出しへとしまう。
新羅の机の引き出しの中には、臨也から送られてきた手紙が数十通に渡って保管されている。
手紙の形式は、様々だ。
一文で終わるものもあれば、十枚以上に渡って延々としたためられた手紙もある。
口調も、変に改まって書かれているものもあれば、今日のようにラフなものもある。
きっとその日の気分で書いているのだろう。
その気まぐれさが臨也らしい、と新羅は思った。

静雄と臨也が事故にあったのは、今年の3月のことだ。
静雄と臨也がいつも通り喧嘩をしていたところ、隣にあった建設中のビルの足組みが崩れ、二人は鉄材の下敷きになったらしい。
「らしい」というのは、その話は後から臨也に聞いたからであって、新羅自身の記憶にはないからだ。
幸いにもこの事故で死亡者は出なかったから、ニュースで大々的には取り上げられなかったし、事故に静雄と臨也が巻き込まれたと目撃した人物もいなかった。

しかし、二人はその日から忽然と姿を消した。
借金取りが職場を無断欠勤し、新宿から一人の情報屋が消える。これは事件でもなんでもないが、半分裏の世界に足を突っ込んだ人間の間ではちょっとした衝撃が走った。
池袋最強と謳われた喧嘩人形が、犬猿の仲と言われる人物と一緒に姿を消したのだ。
二人が顔を合わせるたびに喧嘩になるのは周知の事実だ。中には、二人は相打ちになったのではないかという憶測まで飛び交った。
しかし、そんな騒ぎもすぐに沈静化し、次第に人々が思い出したように静雄や臨也の話を出すだけになっていった。

新羅の元に、最初の手紙が届いたのはそんなころだった。
それは大きな茶封筒で、新羅のマンションの郵便受けには入りきらず、エントランスの前に立てかけられていた。
封筒には、大きく『岸谷新羅様』と書かれているだけで、差出人の名前はない。きっと何者かがここまで直接運んできたのだろう。封筒には消印も押されていなかった。
新羅は職業柄、おかしな客を相手にすることもある。それゆえ、一瞬封筒を開けるかどうか迷ったが、それでも好奇心に負けて開けることにした。
開けると、中には脳のCTスキャンと一緒に、数枚の便箋が入っていた。

手紙は臨也からのもので、静雄が記憶喪失になった経緯と、記憶を取り戻すためには一体どうしたらいいのか新羅の助力を乞う旨が記されていた。

――CTスキャンを送りつけてくるくらいなら、直接本人を連れてくればいいじゃないか。

新羅は疑問に思ったが、それも手紙を読み進めていくうちに解消されていった。
臨也によると、静雄は記憶を失ってから、見知らぬ人間との接触を嫌がるようになったらしい。ただ嫌がると言うだけなのならまだいい。しかし、静雄は持ち前の身体能力を駆使して抵抗するものだから、辺りが一瞬で惨状になるらしい。
唯一の例外が臨也で、静雄は臨也にだけは気を許しているのだという。静雄が記憶を失う前は、全く逆の状況だったのだから、何という皮肉だろう。
静雄が目を覚ましてから、最初に視界に入った人間が臨也だったため、一種の刷り込み効果が働いたのではないかと手紙では分析されていた。

――刷り込み効果って、鳥の雛じゃあるまいし。

新羅は、このときまだ事態をそれ程重く受け止めていなかった。静雄が記憶喪失になったという事実には少し驚いたが、CTスキャンを見てもどこにも異常があるようではない。それなら、記憶喪失は事故の衝撃による一過性のものなのだろう。
そして対する臨也の方は、自らの敵である人物が、自分に懐いているという状況を面白がっているのだ。
だとすれば、二人は直にこちら側に戻ってくるに違いがない。静雄が記憶を取り戻せばもちろんだし、臨也は何事にも飽き易い性格をしている。今の状況を一通り楽しんで飽きれば、すぐに静雄を放り出すに違いがないのだ。そうすれば静雄がいくら暴れようが、臨也は静雄を新羅の元に引渡しに来るのだろう。
新羅は、そう結論付けた。

しかし新羅の予測に反して、静雄はなかなか記憶を取り戻さず、臨也も静雄のことを放り出そうとはしなかった。
臨也からは月に2~3回、静雄の現状を知らせる手紙が届く。
最初は静雄が覚えている言葉や、何かを思い出しそうになる前兆現象などが書かれていたりしたため、新羅も記憶を取り戻させるための方策をかなり具体的にアドバイスした。
しかし、静雄は一向に記憶を取り戻す気配がない。
最近では臨也も記憶を取り戻させることをあきらめかけているのか、取り留めのない日常や静雄とのたわいのないやり取りが手紙に書かれることが多くなった。

そうして、新羅と臨也の間で無駄に手紙のやり取りばかりが重ねられていく。
最初は楽観視していたものの、新羅は次第に今の状況に焦りを感じるようになってきていた。
臨也の手紙から伝わってくる二人の充足した空気。それが何よりも怖い。
いつの間にか二人にとって今の生活が『通常』になり、新羅たちは『過去』の人間になっているのではないかという恐れを抱く。
静雄と臨也とは高校以来の付き合いだ。高校時代から3人でそれなりに馬鹿もやってきた。だから、新羅にとって静雄と臨也は友人として重要な位置を占めている。しかし、その二人がもうこのまま帰ってこないのではないような、そんな嫌な予感がした。

それならば、と二人の元に押しかけようとも思ったのだが、肝心の住所が分からない。
新羅が手紙を書いた際に、送るあて先は私書箱が指定されていて、新羅は二人が今どこに住んでいるのかを知らなかった。
ためしに静雄のアパートや臨也のマンションを訪れてみたが、当然のように二人はいなかったし、アパートには人が住んでいる気配すら残されていなかった。

そうすると、もう新羅にはお手上げだった。
臨也ならともかく、新羅個人では、いなくなった人間を探すための情報網を有していない。
そのため、新羅と二人の繋がりは時々来る手紙だけだった。

――早く帰ってきてくれよ。

新羅は小さな願いをこめて呟く。
そのとき、新羅の家のインターフォンが鳴った。



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