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§ 10月4日、都内某マンション前


幽は目の前の扉を前に、小さくため息をついた。
幽が苦労して手に入れた情報によると、静雄と臨也はこのマンションの一室で暮らしているらしい。
そこは、都心から少し外れた場所にある小さなウィークリーマンションだった。建物は今から20年ほど前に建ったものらしく、少し古ぼけている。
都心の一等地にいくつもの隠れ家を有しているらしい臨也が、こんなところに住んでいるとは少し意外だったが、だからこそ今まで二人を見つけることができなかったのかもしれない。

――でもそれも今日で終わりだ。

そう、目の前にある古ぼけたドアをこじ開け、静雄をこの部屋から連れ出せば全てが終わるのだ。
そして静雄を連れ出した後は、病院でしかるべき治療を受けさせればいい。そうして静雄の記憶が戻れば、またいつも通りの日常が戻ってくる。
幽は今日、兄がいる日常を取り戻すためにここに来た。

だが、そんな幽の前に立ちはだかる人物がいる。――折原臨也、だ。
彼が一体何を考えて、こんな場所でかつての天敵と共同生活をしているのかはわからない。
しかし、新羅に届く手紙からは今の生活をかなり楽しんでいることが伺われる。
だとすれば、楽しいことに目のない彼のことだ、簡単に静雄を手放しはしないだろう。幽も事を荒立てたいわけではないから、臨也をうまく説得することができればいいと思っている。
しかし、あの臨也を相手に、口で勝負して勝てるとは思えない。だからもし、最悪臨也との交渉が決裂したのなら……

――そのときは力づくでも兄貴を取り戻す。

幽は固い決意を胸に、インターフォンを押した。

 

狼少年、月を見る(7)


インターフォンを一回押す。
だが、誰も出ない。

二回目を押す。
また、誰も出ない。

三回目を押したところで、幽の心に小さな疑念が生じた。ひょっとして今日は留守なのだろうか。
しかし、すぐに幽は首を振りそんな疑念を取り払う。これだけ二人の目撃証言がないのだ。二人そろって日中から外を出歩いているとは考えがたい。とするならば、居留守を使っていると考えるのが自然だろう。
幽は四回目のインターフォンを押す。
すると、中から何かをひっくり倒すような慌しい物音が聞こえ、ガチャリと鍵が開く音がした。

「はいはい、新聞なら間に合ってますよっと。それとも馬鹿なシズちゃんが鍵をなくしちゃったのかなぁ?」

少し開かれた扉から黒い頭がひょこりと顔を出した。
突然姿を現した人物に、幽は思わず硬直する。
黒い髪に光の加減によって色を変えるその瞳。芸能人と接触する機会の多い自分から見ても、外見だけは嘘のように綺麗な男だ。
ただ、以前と比べ少しだけ痩せただろうか。それでも臨也は、幽の記憶の中のままの姿でそこにいた。

硬直している幽を見て、臨也も驚いたように目を瞬かせている。
臨也は、暫く幽を見つめていたが、やがて肩を竦めると口を開いた。

「えっと…見た感じ、シズちゃんでも新聞屋でもなさそうだけど。君、部屋を間違えてない?」
「……そういうところも変わりませんね。お久しぶりです、臨也さん」
「俺の名前を知ってるってことは、君は俺の知り合い? でもごめん、君のこと覚えてないや」
「臨也さん…」

臨也は悪びれた様子もなく首を傾げた。その様子は、本当に何も知らないとでもいうかのようで、まるで無邪気な子供のようだ。
だが、臨也が幽のことを知らないはずがない。知っていてわざとふざけているのだ。

幽は、この臨也のとぼけた態度に次第に腹が立ってきた。
だが、感情的になってはならないと深く息を吸って自分を落ち着かせる。
これは臨也のやり口なのだ。人の感情を揺さぶり、その人間を観察する。そして観察した上で、その人間の弱いところを探し出し、いいように操ろうとするのだ。だから、臨也と話す場合に興奮したら負けになる。

「あ、でも君のこと、どこかで見たことある気がするなぁ。そういえば、昨日やっていたドラマに出てた人に似ているような気がする。でもあのあと、すぐにシズちゃんにテレビを消されちゃったんだよねぇ。君、ひょっとして俳優さん?」
「ふざけないで下さい!」

幽は、臨也の手を掴むと、臨也を外へと引っ張り出した。
そして、マンションの壁へ臨也を縫いとめると、臨也が逃げ出さないよう顔の近くへ両手をおく。臨也がびくりと体を震わせたのが分かったが、幽は構わずに言葉を続けた。

「今日は羽島幽平としてではありません。平和島静雄の弟の幽としてここに来ました。単刀直入に言います。兄貴を返してください」
「……」

臨也は何も言葉を返さない。
臨也は俯いているため、どのような表情をしているのか分からないが、きっと今頃頭の中では物凄いスピードで様々な計算が繰り広げられているのだろう。少しでも自分に有利な方向に事態を導くために。
だが、幽だって臨也に負けるわけには行かない。
幽は、俯く臨也に構わずに言葉を続けた。

「確かにキレたら手がつけられなくなりますが、俺は兄貴のことをとても尊敬しているんです。俺にとって兄貴はただ一人のかけがえのない兄弟だ。だから、また元の兄貴に戻ってほしい。でもあなたは兄貴をどうしたいんですか? 仇敵であるはずのあなたが、こんなところで二人で生活をして、一体何になるというんです?」
「…めてよ」

幽は、今まで心の中にとどめてきた思いを臨也に投げつける。
臨也が小さく何かを呟いた気がするが、気にせずに思うがままに言葉をまくし立てた。

「あなただって分かっているはずだ。今のような生活を続けていても何の意味もない。兄貴を病院に入れてちゃんとした治療を受けさせるべきです。そして、あなたは街に戻ってきて下さい。前のように情報屋を続けるかどうかはあなた次第ですけど…。池袋の街では兄貴とあなたがが戻ってくるのを待っている人が」
「やめろって言ってるだろ!」

突然出された大声に、幽は驚いて臨也の顔を覗き込んだ。
臨也の顔は、紙のように真っ白で全く血の気がない。そして、視線は定まらず宙を泳いでいた。よく見ると、その体は小刻みに震えている。これはどう見ても普通じゃない。
幽は、尋常でない臨也の様子に目を疑った。

「ちょっと、臨也さん…?」
「怖い」
「え?」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、怖いよシズちゃんどこにいるの」

臨也は、ひたすら怖いと連呼しながら、痙攣したように体を震わせている。
時折静雄の名前を呼びながら、宙をさまよう手はとても理性のある人間のものには思われなかった。

――発狂、している…?

幽は取り乱す臨也を呆然と見ていたが、すぐに我に返ると臨也に手を差し伸べた。
とにかく臨也を落ち着かせなければならない。

「臨也さん、大丈夫ですか。息を大きく吸って下さい」
「俺に触るな!」

臨也は幽の手を振り払うと、崩れ落ちるようにして床に座り込んだ。
そして幽に背を向けると、大きくえずく。壁に向かって吐いているのだろう。すぐにツンとした独特の匂いが幽の鼻を刺激した。

幽は臨也の背中をさすろうと手を伸ばしたが、先ほど接触を拒否されたことを思い出した。今、臨也に触れたら状況を悪化させるだけなのかもしれない。行き場所を失った幽の手が、宙を悲しくさまよう。
その間にも臨也は吐いているようで、時折苦しそうな息使いが聞こえてくる。
しかし幽は、どうしたらいいのか全く分からない。それでも尋常でない状況に救急車を呼ぼうかと携帯を出したそのとき、慌しい足音が聞こえてきた。

「臨也!」

両手に買い物袋を提げた静雄が、焦った様子でこちらに向かって走ってくる。
臨也は、声のしたほうを微かに振り向くと、こわばった青白い顔を少し緩ませた。
静雄は、買い物袋を放り出すと、臨也の背中をゆっくりとさすった。

「シズ、ちゃん…」
「馬鹿、無理してしゃべんな。もう出るもんは出したか?」

静雄の言葉に、臨也は俯いたまま小さく頷く。

「よし、それなら一回部屋に戻るぞ。もう少し我慢しろよ」

静雄は、臨也の膝の裏に手を差し込むと、そのまま臨也を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
きっとまだ吐き気はおさまっていないのだろう。臨也は、静雄の胸に顔をこすり付けるようにして吐き気をこらえている。
静雄は、一度チラリと幽の方をみやると、そのまま臨也を連れて部屋へと入っていった。

幽は、部屋の中へと姿を消す二人を呆然と見送っていた。
未だ事態をうまく把握することができない。
とぼける臨也を説得しようとしたら、いつの間にかこんな事態に陥ってしまったのだ。

――あれが、臨也さん…か…?

幽は、先ほど見た臨也の様子をもう一度思い返した。
強い口調で、幽の手を跳ね除けた臨也。目の焦点はあっておらず、体は大きく震えていた。

幽は自問自答する。臨也は前からこんなに弱い人間だっただろうか。――答えは否、だ。
幽は、それ程深く臨也のことを知っているわけではない。それでも臨也は、仇敵である静雄にすがりつくような真似だけはしなかったと断言できる。
しかし、先ほどの臨也は静雄の名を呼び、甘えるかのように静雄の胸に顔を埋めていた。
こんな臨也は見たことがない。
そして、最初に幽を知らないといった臨也の態度。あの時は悪ふざけだと取り合わなかったが…。

――これじゃ、まるで臨也さんの方が…。

幽の中で一つの疑問が形になりかけたとき、目の前のドアが開いた。
ドアの前では、タオルを手にした静雄が言いようのない表情をして立っている。
まるで悪戯がばれて、途方にくれている子供のような顔だった。それでも静雄は苦笑いを浮かべると、重い口を開いた。

「幽、久しぶりだな。長い間連絡しなくて悪かった」
「兄貴、これは一体どういうことなんだ?」

静雄は困ったように視線をさまよわせていたが、やがて観念したのだろう。
頭を乱暴にかき混ぜると、大きくため息をついた。そして、誰にも言わないようにと前置きをして話し出す。

「実はな、臨也は記憶喪失なんだ」



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