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長い夢を見ていた。
それが夢だとわかるのは、シズちゃんが妙に俺に優しかったり、新羅が変態でなかったり、現実ではありえなさそうなことばかりが起こるからだ。
夢の中では、池袋に首なしライダーなんて存在しないし、妹たちも痛い中二病なんてならずに、素直に学生生活を満喫している。
本来であったら、この夢の方が現実と呼ぶにふさわしいのかもしれない。今まで自分が現実だと思っていた世界が夢で、この夢が現実だといわれる方が、ひどく常識的な気がする。
しかし、この夢の世界が現実だとしたら、俺はこれほどまでに人間を愛することができただろうか。
――答えは否、だ。
自分が愛する人間は、繊細で、わかりやすくも自分の欲望に忠実だ。それでいて、時にこちらの予測とは全く正反対の行動をとる。
自分は人間のそんな部分も含めて、愛していた。
だから全ての人間の行動が予測できる予定調和な夢なんてまっぴらごめんだ。
もっとも俺がこの夢を嫌うのには、もうひとつ大きな理由がある。
それは、シズちゃんが俺に妙に優しいからだ。
夢の中の俺は風邪でも引いたのか、ベッドの中で起き上がれないでいる。シズちゃんはかいがいしくそんな俺の世話をするのだが、はっきり言ってその様が気持ち悪い。
熱はないかと俺の額に手を触れてきたり、俺がうめき声ひとつもらすだけで絶望的な表情で俺の顔を覗き込んでくるシズちゃんなんてあり得ない。
あり得なさすぎて気持ちが悪い。
そして、そんなシズちゃんより輪をかけて気持ち悪いのは、シズちゃんに優しくされることに喜びを感じ始めている自分だった。
気持ちが悪い。
気持ちが悪くて吐き気がする。
だからこんな夢ははやく醒めればいい。
「臨也、目が覚めたのか」
シズちゃんが恐る恐るといった様子で俺に声をかける。
そこには、もし寝ているなら俺を起こさないようにという気遣いでも含まれているのかもしれない。
全くあり得ない。
夢の中とはいえ、俺に対してこんな気遣いをする人物を平和島静雄と呼ぶことさえもためらわれる。
それではこれは誰だということになるのだが、平和島静雄の姿形をした物体Xであるとしか言いようがない。
今目を開けると、物体Xに対してとんでもない台詞を吐くことになりそうな気がするので、俺は眠ったふりを続けた。
そんな俺に対して、物体Xは小さなため息をつく。
「早く起きろよ、臨也。てめーが静かだと気色悪ぃ…」
その口調は、久しぶりに聞いたシズちゃんのもので、俺はなぜか安堵した。
やっぱりシズちゃんはこうでなくちゃ。俺って意外とMっ気があったのかとか、とりとめもないことを考えているうちに振り払うことのできない眠気が俺を包み始める。
「起きたら、まず一発殴るからな。覚悟してろよ」
そんなシズちゃんの言葉を最後に、俺の意識は闇に包まれた。
――あぁ、でも痛いのは嫌だなぁ。
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