§ 路地裏某居酒屋
「なぁ、セルティ。俺からさ、力をとったら一体何が残ると思う?」
静雄は、手酌でビールを注ぐと一気にあおった。
静雄の手元では、既に4~5本のビール瓶が空になっている。静雄は決して酒に弱いわけではない。しかし、好き好んで一人で大酒を飲むタイプでもなかった。
その静雄が今日は、かなりの量を飲み進めている。これはかなり珍しい光景だ。
セルティはそれを止めるでもなく、先ほどからただじっと見つめていた。
「俺はよ、この間初めて自分の力を認めることができたんだ。それなのに、最近は力を使おうという気がおきない。おかしいよな、自分でもびっくりするほど怒りの感情がわいてこねーんだ」
そう言うと、静雄は居酒屋のカウンターに突っ伏した。
ここは人通りから少し離れた場所にある居酒屋で、サラリーマンの帰宅ラッシュの時間帯であるにもかかわらず、静雄たちの周りに客は数人しかいない。
この居酒屋に静雄を呼び出したのはセルティだった。
セルティがこうして静雄を呼び出すことは珍しい。いつもならば、静雄のほうからセルティを呼び出して、己の悩みを相談する。
しかし、今回ばかりは少し事情が異なった。というのも、セルティは静雄の上司である田中トムに頼まれて、静雄を飲みに誘ったのだ。
まず田中トムは、最近静雄の様子がおかしいから少し様子を見てくれないかと、先の事件で知り合ったばかりの新羅に相談した。しかし、新羅は自分には荷が重過ぎると匙を投げて、セルティにお鉢が回ってきたというわけだ。
しかし、静雄はそんな裏の事情まで知るわけもない。
この居酒屋に着くや否や、セルティに仕事の愚痴を始めた。はじめは、取り立て先に対する軽い愚痴などだった。
しかし話が進むにつれて、目に見えて静雄は落ち込み始めた。静雄は、自分でも最近の不調の原因は分かっている。普段では抑制できないほど沸いてくるはずの怒りの感情が全く沸いてこずに、取立てがうまくいかないのだ。
基本的に、静雄はそんなに屈強そうには見えない。それなので、力を使わなければ静雄はただの優男だ。だから、最近の客は静雄を見ても何ら怖がらなかった。それどころか、こんな兄ちゃんが取立てをできんのかと言い出すヤツまで出てくる始末だ。
それでも、不思議と静雄には怒りの感情がわかなかった。そして客に対して暴力を振るう気にもなれない。
「仕事だって分かってはいるんだ。でも暴力を使う気にはならねぇ。かと言って怒りの感情も湧いてこねぇし、何か全てのことがどうでもよくて、関心がもてねーんだよ…」
『何か気がかりなことがあるから、他のことに関心がもてないんじゃないのか?』
それまでずっと黙って話を聞いていたセルティが初めてした指摘に、静雄はギクリとした。
確かに静雄には、ずっと気にかかって頭から離れないことがある。
それは、臨也のことだった。
あの日、静雄は逃げるようにして病院を後にし、東京へと帰ってきた。
それから静雄は、一度も臨也の元を訪れていない。その後、新羅から臨也の命に別状はないと伝え聞いたものの、静雄はどういうリアクションをとればいいのか分からなかった。
今まで臨也を殺すと明言してきた自分が、果たして臨也の無事をよろこんでいいのか。
いや、そもそも喜ぶと言う選択肢が頭に浮かぶこと自体が異常なのだ。犬猿の仲の人間が助かったからと言って喜ぶ人間など普通はいない。
――どう考えたっておかしいだろ。臨也の野郎がくたばろうが、別にどうでもいいじゃねーか。でも…。
病院で見た臨也の生気のない顔を思い出す度に、静雄の身に経験したことのない震えが走る。
病院にいたときは感情の整理がつかなかったが、今なら確かにわかる。
これは――恐怖だ。
臨也の死を想像し、恐怖に震える自分が、そこにはいた。
そうして気づけば、静雄は1日中臨也のことを考えてばかりいる。
「なぁ、セルティ。一人のヤツが気になって仕方がなくて、ほかの事に構っていられねえなんてことは今まであったか?」
『……?』
「頭の中からそいつのことが離れねーんだ。寝ても覚めても、気づけばそいつのことばかり考えてる」
突然の質問に面食らったように、セルティは静雄を見つめていたが、暫くすると小さく頷いた。
『あるぞ』
「本当か?」
『ああ』
「なら聞きたいんだけどよ、どうすればそいつのことを考えずにすむんだ」
『それは、無理だ。私もあいつのことが頭から離れない』
「あいつって…」
『新羅のことだ』
きっぱりと言い切ったセルティに、静雄は目を瞬かせた。
静雄は、新羅とセルティが一緒に住んでいるということは知っている。そして、二人が恋仲であるらしいということも薄々は感づいていた。
しかし、セルティが静雄に対し自ら進んで新羅の話題を出すのは、これが初めてだった。
『今だってそうだ。新羅が今頃何をやっているのか気になるし、夕飯は何を食べたのか気にかかる。あいつの今日の仕事がうまくいったのか、あいつが何かに心を悩ませていないか心配だ』
静雄に向けられたPDAの上で、ゆっくりと文字が送られていく。
セルティは声を発することができないし、その表情だって分からない。
それでもセルティが発する文字からは、とても穏やかな空気が感じられた。
「何だかあいつの母親みてぇだな」
『だが綺麗な感情ばかりじゃないぞ。新羅から知らない女の話が出れば、自分でもびっくりするほどどす黒い感情が湧いてくる。もし新羅が浮気なんてしたのなら、私はもう立ち直れないかもしれない』
「……」
『私は人間じゃないのに、人間の女にやきもちを焼くなんておかしいと思うだろ。でもこの感情を自分でもうまくコントロールすることができないんだ。いつだって新羅のことが頭から離れない。静雄だってそうじゃないのか?』
セルティに尋ねられ、静雄は暫く考えてみたが、首を振る。
「違うと思う。俺はあいつのことが吐き気がするくらい嫌いなんだから」
『嫌いな人間のことが気にかかるのか?』
「気にかかるっつーか。そうだな、安否が気にかかるみてぇなもんだ」
セルティが、動きを止め、まじまじと静雄を見つめた。
そのセルティの反応に、静雄は自らの失言を悟る。今安否が案ぜられるような状態にあり、静雄が吐き気がするほど嫌いな人物。そんな人間は、たった一人しかいない。
セルティだって、きっと気がついただろう。そんな静雄の推測を裏付けるかのように、セルティが話題を変えた。
『そういえば、臨也は一命を取り留めたそうだな』
「……」
『でもまだ意識は取り戻していないらしい。新羅が昨日見舞いに行ったそうだが、それでも大分快方に向かっているそうだ』
「…新羅は、東北まで行ったのか。ノミ蟲のために、わざわざご苦労なことだな」
『いや、臨也は都内の病院に転院したぞ。どうやら新羅の親父さんが根回しをしたらしい』
これは初耳だった。
静雄は、あの日臨也から逃げるように、東京へと戻ってきた。それなのに、その臨也が今また静雄の側にいる。その事実は静雄を俄かに動揺させた。
――東北で見た臨也の青ざめた顔。
そして、首を絞めたときに手に感じた体温まで、静雄はリアルに思い出すことができる。
あの抜け殻のような臨也が今、静雄のすぐ近くにいるのだ。
それを理解した瞬間、静雄は猛烈に逃げ出したい衝動に駆られた。
一体何から逃げ、そしてどこへ逃げればいいのかは分からない。だが今、臨也の側にはいたくなかった。
「あいつ、都内にいるのか」
『ああ。……お前、一体どうしたんだ?』
静雄の様子がおかしいことに気がついたのだろう。セルティが、怪訝な様子で尋ねる。
セルティに心配をかけることは分かったが、静雄は自分の動揺を隠すこともできない。
正直、もう限界だった。静雄は自分でも整理のつかない気持ちを、吐き出すようにしてしゃべりだす。
「なぁ、セルティ。俺はこの前からおかしいんだ。自分で自分のことが分からねぇ。知ってるだろ? 俺は、今まで臨也のことが憎くて、殺したくてたまらなかった。それなのに、いざあいつが死にそうだってなったら、あいつが死ぬのが怖くなった」
『想像と現実とは違う。いくら嫌いな人間だって、そう簡単に人の死を望めるはずがないさ』
「そんなんじゃねーんだ。俺は今まで何人か人間が死ぬのを見てきた。でも、そいつらの死と臨也の死は決定的に違う」
『どう違うんだ?』
「……俺は、他の誰よりも臨也が死ぬのが一番怖い」
その場に、沈黙が落ちた。セルティは、何と言えばいいのか言葉を探しているようだった。
二人で黙ると、俄かに周りの人間の話し声が耳につき始める。
そうして、ここが居酒屋の店内だったということを思い出した。
「でもよ、他の誰よりも俺は臨也のことが嫌いなんだ。俺はあいつの顔を見るだけで腹が立つし、あいつのすることなすこと全てが気に食わねぇ。それでももし俺の前からあいつが姿を消したらと考えると、身震いがする」
『……』
「あいつが好き勝手やっていることは、気に食わねぇけどまだ許せる。でも今回のように、俺以外の人間があいつにちょっかいをかけることは絶対に許せねぇ。俺は臨也が死ぬのが怖い。でも百歩譲って、あいつが死ぬときが来るとしたら、それは俺の手でないと駄目なんだ」
暫くの間、静雄は思うがままに自らの気持ちを吐露し続けた。
話の前後も繋がっておらず、言葉だって無茶苦茶だったが、そうして話すことによって少しずつ自分の気持ちが整理されていくような気がした。
セルティは、そんな静雄の話をただ静かに聞いていた。
そして、静雄の話の一つ一つに丁寧に相槌を打つ。
やがて、静雄は長い話を終えた。
静雄が口を閉じたことにより、その場に沈黙が落ちる。
セルティは何かを考えていたようだったが、やがて小さく一つ頷いた。
そしてPDAに一文を打ち込み、静雄の前へと差し出す。
『お前は、臨也のことが好きなんだな』
――好き
それは意外な言葉だった。他の誰かが言ったのなら、静雄は一笑に付してとりあわなかっただろう。
だが、目の前にいる友人が言うと、頭ごなしに否定するでもなくすんなりと聞くことができた。
それは、静雄がセルティには心を許しているからなのかもしれない。
「好き…」
静雄は口の中で小さく呟く。
そうして声に出すと、その言葉は、なぜかストンと静雄の心に落ちてきた。
――ああ、ひょっとして好き…なのか
静雄は、臨也のことを嫌いだと思いこそすれども、好きだとは1回も思ったことがない。
だが、それは誰かを好きだと思う感情が、静雄の中で欠如していたからではないだろうか。
自らの力をもてあまし、相手を傷つけるかもしれないという恐怖が、今まで静雄の感情を抑圧していた。しかし、自らの力を認めることができた今、感情を抑圧するものは何もない。
それゆえに、「好き」という感情を、静雄は今なら受け止めることができる。
その感情が向けられる相手が臨也だということは、少し意外な気もするが、それでも何か納得することができた。
今まで臨也以上に、静雄の感情を揺さぶった人間もいなければ、臨也以上に静雄が執着した人間もいないのだ。
「好き」という言葉一つで、今までわけがわからずあちこちに暴走していた感情が一つの場所に収束していくのが分かる。
「俺は、臨也のことが好きなのか」
『それはお前が決めることだ。でもとても臨也のことを好いているように、私には見える』
「俺は誰よりも臨也のことが嫌いだ」
『ああ』
「臨也の顔を見ると吐き気がする」
『ああ』
「でも臨也のことが気にかかって仕方がない。あいつが死ぬのだけは絶対に嫌だ」
『そうだな』
「こんな風に、頭から離れない人間はあいつだけなんだ。…これを好きと言ってもいいのか?」
静雄の言葉に、セルティはゆっくりと頷いた。
静雄は、なぜだかセルティが笑っているような気がした。
『ああ、いいと思うぞ』
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§ 某地方都市市民病院前
ただ激情に駆られるがまま走っていた。
自分は焦っているのか、怒っているのか、はたまた悲しいのか――静雄は自らの感情さえも把握しかねていた。
駅に降り立つまでは、まだ頭は冷静だったように思う。
しかし、病院へと向かうタクシーが昨日の事件現場を通りかかったとき、静雄の中で何かが音を立てて崩れた。
そこは飲み屋などが軒を連ねる歓楽街で、普段は人通りが激しいことを伺わせた。しかし、その一角に不自然にブルーシートが張り巡らされており、制服の警官やカメラを持った人などで人だかりができていた。
静雄は咄嗟にタクシーを降りると、周囲の人間の制止を振り切ってブルーシートをめくった。
そこにあったのは、サスペンスドラマで見るような白い人型のテープで覆われた地面に、夥しい量の血液。
だが、それらを見ても静雄には今ひとつ臨也が刺されたという実感がわかなかった。確かに地面を染める血液の量は尋常でなく、死の匂いを色濃く放っていたが、それと臨也がすぐに結びつかなかったのだ。しかし、静雄の視線がある一点に止まったとき、静雄は脇目もふらずに走り出した。
静雄が見たもの――それは血でべっとりと染まった見覚えのある携帯電話だった。
走る
走る
走る
静雄は、ひたすらに見知らぬ街を駆け抜ける。臨也が今どこにいるのかは、あらかじめ新羅に連絡を取っていたため知っていたが、静雄はこの街の地理まで把握しているわけではない。
だから、再びタクシーを捕まえたほうが余程早く目的地に到着できるはずなのだが、それでも静雄は立ち止まるつもりはなかった。
今、止まってしまうと、体の中を得体の知れないものが暴れだしてしまいそうな予感があった。
だから、静雄はただひたすらに走る。
そうして我武者羅に走る中、やっと市民病院が見えてきた。病院の周りは、こんもりとした森になっており、平日の夕方と言う時間帯のせいか人はほとんどみあたらなかった。夕焼けでオレンジ色に染まる病院が、先ほど見た臨也の血の色を連想させる。
静雄は、心に浮かんだ嫌な予感を振り払うようにラストスパートをかけると、病院へと滑り込んだ。
「昨日刺されたヤツはどこにいる?」
玄関を入ってすぐの場所にあった受付に駆け寄ると、静雄は勢いよく尋ねた。
病院の受付嬢は、突然現れたバーテン服の男に目を白黒させている。だが静雄が、咄嗟に臨也の身内であると名乗ると、どこか安心したように頷いた。情報屋という職業を始めてから、臨也は両親と疎遠になっている。唯一の兄弟である妹達はあの通りだし、病院の方も臨也の身元引受人が見つからなくて、困っていたのかもしれない。
受付嬢に教えられた通りに進むと、辿り着いた先はICUだった。
その部屋はガラス張りになっており、廊下からは数床のベッドが並んでいるのが見えた。ベッドの近くには、わけのわからない機械が沢山並んでいて煩く音を立てている。
物々しい雰囲気のする部屋に、今まで走り続けていた静雄の足はピタリととまる。一旦足を止めると、静雄の中で今まで渦巻いていた衝動は、嘘のようにどこかへと行ってしまった。かわりに、心の中に突如生まれた新たな感情が、静雄を足止めする。
――何だ、これ
静雄は、その部屋と廊下を隔てるガラスに顔を寄せると、食い入るようにして中を見つめた。
廊下とICUに並ぶベッドとの距離はかなりあるので、どのベッドに臨也がいるのかまでは判別することはできない。それでも、静雄は中に広がる光景から目を離すことはできなかった。
ガラスの上においた手は、なぜか小刻みに震えている。震えを止めようと意識的に力をこめると、手の震えは更に大きくなった。やがて手の震えが伝染するようにして、全身が震え始める。
「ご家族の方ですか?」
睨むようにして中を見つめる静雄を不審に思ったのだろう。ICUの中から一人の看護師が出てきて、静雄に声をかけた。
静雄はICUの中に目を向けたまま無言で頷く。普段であれば臨也という名前を口に出すことにさえも虫唾が走るのだが、今はとにかく臨也と会いたかった。そのためならば、臨也の家族だと騙ることにも躊躇はない。
看護婦は静雄が頷いたのを確認すると、10分間の面会の許可をくれた。静雄は看護婦に案内されるがままICUの中へと入る。
「折原さん、ご家族が来てくれましたよ」
看護師は、静雄を一番奥にあったベッドへと案内すると、そこで寝ている人物へ声をかけた。
そのままその場を離れる看護師を尻目に、静雄は、ゆっくりとベッドへと近づいた。そして、そこに寝ている人物の顔を覗き込む。
臨也は、ただ静かにそこにいた。
いつも屁理屈をこねる口には、酸素マスクがはめられ、顔半分を覆い隠している。そして、鋭い眼光を放つ目は、硬く閉じられていた。
様々な機械に繋がれ、身動き一つしないその様は、昔見た映画に出てきたアンドロイドを彷彿とさせた。普段は気にもとめなかったが、こうしてみると下手に顔が整っているだけに、作り物のようで生気が全く感じられない。
静雄は、右手を臨也の頬にそっとおいた。手のひらから微かに伝わる温もりに、少し心が落ち着く。だが、先ほどから続く体の震えはまだ収まりそうにない。
――何動揺してんだ、俺は。
静雄は、自らを落ち着かせようと小さく息を吐いた。以前から犬猿の中だった臨也が刺されたのだ。自分がこんなにも動揺するのはおかしい。むしろ、ざまあみやがれと高笑いするのがふさわしい場面ではないか。
――そうだ、俺はこのノミ蟲をぶっ飛ばしに来たんだ。
出掛けにトムに言って来た本来の目的をやっと思い出す。
静雄は震える右手に力をこめると、いつものように臨也の胸倉を掴んだ。掴んだ寝間着の感触が頼りなくて眉をひそめるが、それでもいつもの台詞を吐く。
「臨也、手前よくも俺をハメてくれたよなぁ」
少し語尾が震えただろうか。だが、いつも通りの声が出たと思う。
しかし、臨也は目を硬く閉じたまま何も答えない。いつもだったら、こいつはにやついた笑みを浮かべながら、こんな台詞を吐くはずだ。
『やだなぁ、シズちゃん。俺は何もやってないよ。いきなりやって来て、変な言いがかりはよしてくれない?』
まぁ、こんなところだろうか。そして静雄は、そんな臨也のムカつく態度にキレて、何か手近にあるものを投げつけるのだ。これが何百回と繰り返してきたいつもの光景だ。
しかし、目の前にいる臨也は静雄に何も言葉を返さない。かわりに臨也の周りにあるわけのわからない機械が騒々しい音を立てている。
「狸寝入りしてんじゃねーぞ。ほら、さっさと起きろ」
静雄は、臨也の胸倉を掴み上げると、前後にゆすった。
臨也の体は、静雄にされるがままぶらぶらと揺れる。
そんな様子が気に食わなくて更に大きく揺すると、力の入っていない臨也の首がガクリと後ろに仰け反った。
その様が、まるで死体のようで静雄はギクリとする。
更に、だらりと力なく垂れた手は、死の匂いを色濃く放っている。
――……死? そうだ。俺は、こいつを殺しにここに来たんだ。
静雄は、臨也の首に手をかけた。さしたる抵抗もなく、臨也の首に手がまわる。
思ったよりも細いその首は、静雄が少しでも力をこめれば簡単に骨が折れるだろう。そうすれば、臨也はあっけなく死ぬ。
そう、死ぬのだ。
「お前…死ぬのか?」
静雄は、臨也に向かって問いかけた。だが、臨也は何も答えない。
首に回していた手に少し力をこめる。途端に、臨也の横に置かれていた機械が喧しい音を立て始めた。
時間にしては数秒だったのかもしれない。
だが、静雄には長い時間が経過したように感じられた。
そうしているうちに、静雄の手のひらの下で、どくりと大きく脈が打った。
その脈の力強さに、臨也の首に回していた手から力が抜ける。そうして臨也から手を離すと、静雄の全身から一気に力が抜けて行った。
静雄は、そのまま崩れるようにして床に座り込む。
「なぁ…手前は死ぬのかよ」
座り込んだ静雄の目の前に、ベッドから落ちた臨也の腕が力なく垂れている。
静雄は臨也の腕を掴むと、その感触を確かめるように抱え込んだ。
それでも臨也は何も言わない。
静雄は、何かにすがるかのように、手にこめる力を強くする。
信じてもいない神にすがっているのか、それとも大嫌いな目の前の存在にすがっているのか。
静雄にはもう何も分からなかった。
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