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「お前って見かけ通り貧弱なのな」
「……」
「おまけに結構馬鹿?」
「……うっさい。ばかって言うな」

マンションの屋上で花見をした日の翌日、臨也は見事に高熱を出した。
思い返してみると、昨晩静雄が目を覚ましたときの臨也の格好はかなり薄着だった。昨日の気温の中、あんな格好で長時間いたのなら、風邪をひいたとしても不思議ではない。いや、むしろ風邪をひくのが当然だ。
現に静雄が朝起きたときには、臨也はもうベッドから起き上がれない状態になっていた。

「今日一日ゆっくり休め。そうすればきっと明日にはよくなるからよ」
「でもご飯を作らないと」
「ばぁーか。こんなときに何言ってんだ」

静雄は、臨也の額を軽く小突く。
静雄が事故で怪我を負ってからというもの、臨也はずっと食事の用意をし、静雄の身の回りの世話までしてくれた。
静雄は、自分のことは自分でできると言っているのだが、臨也は言うことを聞こうとしない。
まるで、自分にはそうする義務があるのだと思い込んでいるかのようだ。
臨也の考えていることは分からないが、きっと彼には彼なりに思うところがあるのだろう。

「今日は俺が作るから。手前はそこにいろ」
「シズちゃんが? …作れるの?」
「料理作った記憶はねぇけど、何とかなるだろ」

臨也が何かを言いたそうに見つめてきたが、静雄は綺麗に無視してキッチンへと向かう。

――風邪引きっていうと、何を食べるんだ? …粥か?

静雄は、粥はおろか料理自体をしたことがない。
おまけに粥というものを食べた記憶もなかった。
だが、粥がどういう形状をしているのかくらいは分かる。

「粥ってあれだよな、白くてドロドロしてる…。米でできていることは間違いねぇな」

静雄は米を何とか探し出すと、水と一緒に鍋の中に突っ込んだ。量はもちろん適当だ。
それから粥は白いので、ついでに牛乳も入れることにする。
そこまでやって、最近見たテレビで、風邪にはビタミンCを取ったほうがいいと言っていたことを思い出した。
あれは確か、みの○んたが出てくるお昼の番組だったはずだ。
奥様のアイドルであるタレントの言うことだ。間違いはないだろう。

静雄が冷蔵庫の中を引っ掻き回すと、奥からレモン汁が出てきた。
レモンと言えば、いかにもビタミンCが沢山入っているような気がする。
静雄は、レモン汁を全て鍋の中に投入した。

「で、あとは味付けだな。粥ってしょうゆか? 塩か? それとも大穴で砂糖か…?」

少し悩んだが、オーソドックスなところで塩を選んだ。
ご飯としてに食べるからには甘いのはおかしいし、かといって醤油を入れれば茶色くなってしまう。とすれば、残りは塩だけだ。
これも分量が分からないため、静雄は目分量で適当に入れる。

「よし、これで煮込めば完成だ。意外と簡単じゃねぇか」

臨也は不安そうにしていたが、自分だってやればできるのだ。
静雄は、少し得意げに臨也の寝室へと向かう。
すると、寝室から大きなうめき声が聞こえてきた。

「おい、臨也。どうした!」

急いでドアを開けると、そこには大量の汗をかき、うなされている臨也の姿があった。
臨也の眉間には固く皺が刻まれ、苦悶の表情を浮かべている。
そしてまるで何かから身を守ろうとするかのように、臨也は自分で自分の頭を抱えていた。

「臨也、おい。目ぇ覚ませっ」

静雄は臨也に駆け寄ると、大きく臨也を揺さぶる。
するとその瞳がゆるゆると開いていく。

「あれ…。シズちゃん?」
「ああ、俺だ」
「本当に、シズちゃん…?」
「俺以外の誰だっていうんだよ」

静雄は臨也の額に手を当てた。思ったよりも熱いその体温に、少し不安になる。
臨也はしばらくぼんやりと静雄の顔を見つめていたが、だんだんと意識がはっきりしてきたのだろう。
目に力が戻ってきた。

「今、夢を見ていたよ。夢の中では、おれとシズちゃんは犬猿の仲なんだ」
「ああ」

唐突に始まった話に、静雄はただ頷く。

「顔を合わせれば喧嘩ばかりでさ。笑っちゃうだろ、俺が唯一大嫌いな人間がシズちゃんなんだよ。俺はシズちゃんを殺したくてしょうがない。でも…」
「でもなんだよ」
「…なんでもない」

臨也は話を打ち切るかのように、布団を頭まで被る。
風邪を引いているからだろうか。今日の臨也は何だか様子がおかしい。
静雄は、布団の上からなだめるようにして臨也を叩く。
トン、トン、トン。
昨日、臨也がやってくれたのをまねして、なるべくやさしく。そして穏やかに。
静雄の腕が単調なリズムを刻む。
静かな室内で、それは優しく響いた。

どれくらいの時間そうしていただろうか。
臨也が布団から顔を出した。臨也の瞳は、まだどこか不安げに揺れている。

「ねぇ、シズちゃん。記憶が戻ったらさ、やっぱり俺達はこうしてはいられないよね」
「何いってんだ、バカ。ずっと一緒に決まってんだろ」
「でも…」
「俺がいいって言ってんだから、いいんだよ」

静雄は、臨也の髪をそっと撫でた。
真っ直ぐなその髪は静雄の指先をするすると零れ落ちていく。その感触が気持ちよくて、静雄は何度も臨也の髪を梳いた。臨也は、気持ちよさそうに目を細めている。

「シズちゃんが、そう言うと何だかそんな気がしてくるよ」
「気がしてくるんじゃなくて、そうなんだよ。いいからもう寝ろ。それともメシ食うか?」
「ご飯って、シズちゃんが作ったの…?」
「ああ、なかなかの自信作だぞ」

そういうと、臨也は幸せそうに笑った。
静雄は鍋を火にかけっぱなしにしていた事を思い出したが、それでも臨也の笑顔から目を離せなかった。
目の前の存在が笑うだけで、どうしてこんなにも幸せな気分になれるのか。
静雄は、不思議だったが、その理由は分かりそうでわからない。
そうして二人の間でだた穏やかな時間が流れていく。
そんな平和な昼下がり――。

臨也が腹痛で苦しむことになるのはまだ少し先の話だ。



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「シズちゃん、はやくはやく」

臨也は、跳ねるようにして階段を駆け上っていく。
その様子は、はしゃいでいる子供そのものだ。
静雄は大きな子供を前に苦笑すると、その背中に声を掛けた。

「おい、臨也。そんなに急ぐとコケるぞ」
「コケるって、子供じゃあるまいし。…っと」

後ろを振り返った臨也が、階段を踏み外した。大きく傾く体に、静雄はヒヤリとする。
しかし、臨也は持ち前の反射神経でもって手すりを掴むと、すぐに体勢を立ち直した。

「ほら、この通り。俺の運動神経を見くびらないでもらいたいよ」
「馬鹿! 何やってんだ」

まるでわざと体勢を崩したかのような口ぶりだが、今のは絶対にわざとじゃない。
臨也は本当に足を踏み外したのだ。そして、それを誤魔化そうとする臨也に少しだけ腹が立った。
静雄は、右手で臨也の手を掴むと固く握り締める。

「な、何…?」
「こうすればコケても安心だろ。よし、行くぞ」

静雄は臨也の手を握りなおすと、ぐいと上に引き上げた。
臨也はわざとらしく不満そうな顔を作ったが、それでも繋いだ手が嬉しいのだろう。喜びの色を隠し切れないでいる。

「『シズちゃん』って、ずるい」
「何か言ったか?」
「ううん、別に。ほら、着いたよ」

臨也が屋上へと続くドアを開け放つ。途端に、夜のひやりとした冷気が身を包んだ。
静雄は微かな温もりを求めて、臨也の手を握る力を強くする。

「まだちょっと寒いねぇ」
「この寒さはちょっとじゃねぇだろ。一体どこに桜が咲いてるっていうんだよ」
「こっちこっち」

臨也が静雄の手を引っ張りながら走り出す。
無邪気なその様子に静雄は頬を緩めると、繋いだ手に引っ張られるようにして後を着いていく。
臨也は飛び降り防止用の柵のところまでいくと、柵から身を乗り出して下を覗き込んだ。

「臨也、危ねぇぞ」
「大丈夫だよ。シズちゃんがいるじゃない」
「おい、コラ。この状態でお前が飛び降りたら俺まで真っ逆さまじゃねぇか。道連れにするつもりか?」
「道連れかぁ。それもいいかもね」
「…おい」
「うそうそ。ほら、シズちゃんもご覧よ」

臨也に促されて、静雄も下を覗き込む。

「へぇ。見事だな」

そこからは、マンションの前の通りに植えられた桜並木が見えた。
数え切れないほどの桜が、月明かりに照らされてぼうっと光っている。
上から覗き込むと、白い道ができているかのようだ。

「まだ、七部咲きなのが惜しいな。お前、いつの間にこんな場所を見つけたんだ?」
「……この間、布団を干す場所を探していたら偶々ね」
「臨也、約束を忘れたのか」
「ごめん、でもこうして桜も見れたし、いいじゃない」
「まぁ、今回のことはこれでチャラにしてやる」
「それはそれはありがたき幸せ。恐悦至極にございます」

臨也は冗談めかしてそういうと、大仰な仕草でもってお辞儀をした。
その背後にはぽっかりと月が浮かんでおり、臨也を照らしている。月を背負った臨也は、この世のものではないかのように美しい。
まるで何かの映画のような情景に、静雄はふと既視感を感じた。

――確か、前にもこんなことが…。

記憶の糸を手繰ろうと、静雄は手すりを握り締める。
次の瞬間、静雄の全身を貫くような痛みが走った。

「っ…」

突然の激痛に、静雄はこらえきれずしゃがみこむ。
すると、臨也が焦ったように静雄の顔を覗き込んだ。

「シズちゃん、大丈夫?」
「…ああ。心配すんな」
「ごめん、シズちゃんは怪我人なのに無理をさせちゃったね。もういいから部屋に戻ろう」

先ほどまであんなにはしゃいでいた臨也が、まるで人が変わったように沈んでいる。
自分のせいで楽しい時間が終わってしまったように感じ、静雄は残念だった。

「なぁ、もう少しくらいこうしていても…」
「お花見はまたできるから。それにお花見だけじゃないよ。秋にはお月見、冬には雪見。俺はシズちゃんとやりたいことが沢山あるんだ」

だから今日はもう帰ろう、そう言って臨也は静雄の包帯に口づける。
静雄の怪我を気遣ったのだろう。触れたのが微かに分かるくらいの軽い感触に、静雄は何だかくすぐったくなる。
静雄の表情が緩んだのを確認し、臨也は手を差し出した。静雄は、その手を掴み立ち上がる。

「なぁ、臨也。前にもこんなことがなかったか?」
「こんなことって?」
「だからお前と屋上で月を…。いや、別にいい。気にしないでくれ」

静雄は、自ら問いを投げかけながら、途中でそれを打ち切った。
臨也はそんな静雄の様子を不思議そうに眺めている。
静雄は、臨也の視線を断ち切るかのように一つ首を振ると、出口に向かって歩き出した。

先ほどの発言は、完全なる失言だった。
今この男にこんなことを聞いたって、碌な答えが返ってくるわけがないのだ。
それを静雄は分かっていたはずなのに、つい聞いてしまった。

――全く俺はどうかしている。

月には魔力があるという。
ひょっとしたら、今日は月の魔力に捕らわれていたのかもしれない。

 

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