その日から、静雄と臨也の奇妙な関係が始まった。
簡単な検査の結果、臨也の脳には特に異常がないということが分かった。
だから、心配しなくても臨也はそのうちにまた元に戻るだろうというのが医者の見立てだ。
それ以上に問題なのが、静雄の怪我だった。
静雄の左半身は、鉄骨の下敷きになっていただけあってひどい有様だ。足の骨にはヒビが入り、あばら骨も数本折れていた。その中でも特に左肩から下は何とか切断を免れたというほどひどい状態で、いくら治癒の早い静雄でも暫くは使い物になりそうもない。
しかし、普通の人間だったら生きているはずのない状況だったのだから、この程度の怪我で済んだのは僥倖といえるだろう。
そういうわけで静雄には絶対安静が義務付けられ、病院のベッドに繋がれるわけになったのだが――。
そんな静雄の元に毎日やってくるのだ。「あの」臨也が。
「シズちゃん、今日は鯛焼きを持ってきたよ! 面白いねぇ。これどう見ても鯛の身は入ってないのに、何で鯛焼きって言うんだろう。やっぱ形かな? シズちゃんにはこれが鯛に見えるかい?」
「臨也……」
静雄は、無邪気に鯛焼きを頬張っている臨也にため息をついた。
臨也の手元に目を移すと、大きな紙袋が握られている。袋の大きさからして、鯛焼きが10個以上は入っているのではないだろうか。
「手前、また無断で病院を抜け出したな。外出許可を取れと言われてるだろうが」
「だって、俺はどこも悪いところがないし。後は精密検査の結果待ちだし」
「手前は、その頭が悪い」
「ひどい!」
俺結構頭の回転はいい方なのに、とわめき立てる臨也を見て、静雄は思わず苦笑した。
以前の臨也だったならこんな風に会話をかわすこともなかったし、静雄は臨也の受け答えの一つ一つに腹を立てていた。
それは、臨也の発する言葉全てに、相手を自分の思うがままに動かそうという打算が感じ取られたからだ。
しかし、目の前にいるこの男からは、そのような打算が全く感じられない。ただ、感情の赴くままに言葉を発している。
だから静雄は、今の臨也と会話していても腹が立たないし、むしろ臨也との会話が楽しいとさえ感じるようになってきていた。
そんな風に感じるようになった自分と、過去の自分とのギャップに、静雄は正直戸惑っている。
「…なぁ、臨也。手前は俺のことが嫌いじゃないのか?」
「え? シズちゃんは俺の友人でしょ。何で友人を嫌うわけ」
「それはそうだけどよ。それじゃあ、手前は人間が好きか?」
「はあ?」
臨也は、何かおかしなものでも見るかのように静雄を見遣る。
「だから、人類全体を愛しているとか、愛しているがゆえに人間を観察したいとか」
「何それ。随分とぶっ飛んだ考え方だねぇ。確かに嫌いか好きかで言ったら、人間のことは好きだけどさぁ。別に観察したいとは思わないな。シズちゃんと話してる方がよっぽど楽しいし」
「それは、お前の周りにいる人間が偶々俺だったからだろ。ほかの人間と接点を持てば、また考え方も変わってくる」
「そうかなぁ。他に俺の友人っているの?」
「……」
静雄は、言葉に窮した。臨也の友人といえば、真っ先に思い浮かぶのは新羅だが、この変人たちの間に果たして友情は存在しているのだろうか。
少し考えて、そういえば以前新羅が「私の友人は静雄と臨也だけだよ」と言っていたことを思い出す。
それならば、一応は友人といっても問題はないのか。
「いるぞ、一応」
「一応って何だよ。俺ってひょっとして人望ないわけ? 何だか以前の俺に疑問を感じてきたよ」
そうぼやく臨也は拗ねた子供のようだ。
「まぁ、いるだけいいか。その人ってどんな人?」
「新羅か…。一言で言うと変態だな。解剖が趣味の医者もどきだ。そんなだからあいつの友人も俺とお前しかいないらしい」
「ふぅん。それじゃあ、その新羅って人も含めて俺たち3人はつるんでたんだ」
「ああ、そうだな」
実際には、つるむことよりも喧嘩していることの方が多かったのだが、それはふせておく。
臨也は、静雄が語る高校時代の思い出話に目を輝かせた。
「ねぇ、シズちゃん。俺新羅って人に会ってみたいな」
「あいつに会ってどうするんだ」
「決まってるじゃない。昔の話を聞くのさ。もしかしたら、それがきっかけで記憶を取り戻せるかもしれないし」
確かに臨也の言うとおりだった。記憶を取り戻すには、なじみのある場所に行ったり知り合いに会ったりして脳を刺激すべきなのだろう。
おまけに新羅ならば、静雄よりも記憶喪失の患者に対する処置の仕方に詳しいだろうから、何か適切なアドバイスをくれるかもしれない。
――しかし、だ
「ダメだ」
静雄の口からは、自然に否定の言葉が出ていた。
「え? どうして?」
「………」
臨也に返す言葉が見つからない。
どうしてか、などと尋ねられても、自分でも理由をうまく説明することができないのだ。
ただ、目の前の臨也が新羅と話をしているところを想像すると、無性に腹が立った。
新羅はあの通りの人間だから、今の別人のような臨也を見て猛烈に興味を抱くに違いない。
ひょっとしたらあれこれと検査をして、臨也の性格がどうしてあんな風に形成されていったのかなんてことまで調べ始めるかもしれない。
そうしたら、この臨也はどうなるのだろうか。
新羅の手により無事に記憶を取り戻せば、またあの反吐の出るような「ノミ蟲」に戻ってしまう。
例え記憶が戻らなかったとしても、今静雄になついているように、臨也は新羅になつくようになるのではないか。
記憶喪失になる前の臨也は、新羅とそこそこ気があっていたようだからなおさらだ。
必死に言葉を探している静雄の顔を、臨也は面白そうに覗き込んだ。
「もしかして、シズちゃんってば嫉妬してる?」
「ああ?」
「ごめん、うそうそ。冗談だってば。だからそんなに睨まないでよ」
臨也は、静雄の視線にひるむようにして発言を取り消す。
だが「嫉妬」という言葉が、妙に静雄の心にひっかかった。これは、ひょっとして「嫉妬」なのだろうか。
少し考えかけて、静雄は首を横に振る。
嫉妬と言うものは、好きな人間の愛情が他人に向けられそうになってするものだ。新羅を相手に嫉妬するだなんて、まるで自分が臨也を好いているようではないか。
昨日まで死ぬほど嫌っていた相手を、いきなり好きになるだなんてあり得ない。
静雄は、こう結論付けると混乱する思考を無理やり打ち切った。
「…なあ、臨也。手前は記憶を取り戻したいか?」
「そうだねぇ、取り戻せるならそれに越したことはないと思うけど…。でも正直、どっちでもいいかなぁ。今の状態も結構面白いし」
「記憶がなくて不安には思わねぇのかよ」
「放っておいたってすぐに戻るんでしょ。それなら今の状況を楽しまないと損じゃないか」
それに、と臨也は言葉を付け加える。
「シズちゃんとこうしている今が一番楽しいんだよ」
そう言って笑う臨也は、ひどく穏やかな顔をしていた。
その様子は、気高く、そしてどこか儚い。
――ああ、綺麗だ。
静雄の胸に、自然とそんな感想が浮かんだ。
前にもこんな風に臨也に臨也を綺麗だと感じたことがあった気がするが、それがいつだったのかは思い出せない。
ただ一つ確かなのは、大嫌いなはずの臨也をこうして以前から臨也を綺麗だと思っていたということだった。
世界で一番嫌いだと思っていた臨也。
だが、同時にそんな臨也を美しいと思う。
その瞬間、静雄は唐突に理解した。
――ああ、そうか。ひょっとしたら、俺は前から…
「臨也、やっぱり新羅に会うって言うのは却下だ、却下」
「えー、何でだよ。シズちゃんは俺の記憶が戻らなくてもいいわけ?」
「別にいいぞ」
静雄がきっぱりと答えると、臨也は面食らったように目を瞬かせた。
その様子がどこか間抜けで、静雄は思わず吹き出す。
「だってよ、お前は俺とこうしてるのが楽しいんだろ。それなら、別に記憶が戻ろうが戻らなかろうが別にいいじゃねーか」
「それは、そうだけどさ…。あれ、シズちゃんってば、何だか性格が変わってない?」
「お前が記憶喪失になってからまだ昨日の今日だ。今の手前に俺の性格をとやかく言われたくねぇな」
静雄の言葉に臨也は、首を傾げている。
静雄は、そんな臨也に矢継ぎ早に言葉をかけた。
思い立ったが吉日。自覚してしまった以上、うじうじしているのは性に合わない。
「臨也。退院したら、俺と一緒に暮らさないか?」
「へ? どうしたのいきなり」
「記憶喪失の人間が一人で暮らすのは危険だからな。ひょっとしたら頭に何か異常があって倒れるかもしれねぇし」
「そんな心配はいらないと思うけどなぁ」
「それに、お前は俺といるのが楽しいんだろ」
「やっぱり、君は性格が変わったよ。でも…」
シズちゃんと暮らしたらきっと楽しいだろうね、と臨也は満面の笑みを浮かべた。
静雄は、思わず臨也に見惚れる。
そして、思った。
自分もこの目の前の存在と一緒にいることが一番楽しいのだ、と。
思わず緩んでしまった顔を誤魔化すように、静雄は無言で臨也の手に握られていた鯛焼きの袋をひったくった。
臨也が慌てて抗議の声を上げたが、無視して中に入っている鯛焼きを平らげる。
もう冷めてしまった鯛焼きはひどく甘ったるい。でもなぜだかとてもおいしいと感じられた。
それは、やはりこの男が隣にいるからなのだろうか。
こうして穏やかな時間はゆっくりと過ぎていく。
事件が起きたのは、この日の夜のことだった。
>>次へ
目を覚ますと、まず白い天井が目に入った。
次に消毒液のツンとした香りが鼻につく。
幼い頃は入院してばかりいた静雄にとっては、なじみのある光景だ。
だからこそ、静雄はすぐにここに運ばれるまでの経緯を理解した。自分は、鉄骨の下敷きになって病院に運ばれたのだ。
同時に、意識が途切れる直前の記憶がよみがえり、静雄の身に悪寒が走る。
「臨也っ!」
勢いよく跳ね起きると、全身に激痛が走った。
静雄は、口から漏れ出そうになったうめき声を必死にかみ殺す。今は、体の痛みになど気をとられている場合ではない。
最後見た臨也の姿が、静雄の脳裏にはっきりと思い浮かぶ。
あれから臨也は、逃げることができたのだろうか。
状況的に考えて、難しかったのではないか。
それならば、臨也は一体どうなったのだろうか。
――臨也、臨也、臨也…!
暴走しそうになる感情を静雄は必死で押さえ込む。
今、ここで暴れたところで仕方がないのだ。
それでも病院中を探し回ろうとベッドから降りたそのとき、ベッドの脇に誰かが蹲っているのを発見した。
その人は、白い入院着を着て、裸足のまま蹲るように膝を抱えていた。
静雄には背を向けているため表情はわからないが、うな垂れているその頭は嫌になるほどよく見知ったものだ。
静雄が世界で一番嫌いな人物。
そして、今血眼になって捜し求めていた人物。
「臨也…」
静雄の呼びかけに、臨也はびくりとその身を震わせた。
その様子を見て、静雄の心に何ともいえない感情が浮かび上がる。
驚き、喜び、苛立ち…。様々な感情が絡み合う中で、唯一静雄が認識することができる感情は、安堵だった。
同時に、天敵を見つけて安堵している自分に困惑する。臨也を見つけて喜ぶなど、いつもの静雄では考えられないことだ。
しかしその困惑は、すぐに臨也に対する怒りへと摩り替わった。
――そうだ、そもそもこいつがさっさと逃げねぇから悪いんだ。
全てはこいつが悪い!
「人の枕元でこそこそと何をやっているのかな、臨也君はよぉ」
静雄が肩を掴むと、臨也は恐る恐るといった様子でとこちらを振り向いた。
そこで初めて、静雄は臨也の頭に包帯が巻かれていることに気がつく。
艶やかな黒髪に巻かれている真白い包帯が、何だか痛々しい。
「手前、怪我したのか」
静雄の問いに臨也は、答えない。
いつも人を射抜くように鋭い光を持つ瞳は、何かを恐れるかのように揺れている。
「無視してんじゃねぇよ!」
静雄が語気を荒げると、臨也はびくりと身を竦めた。
その様子に、静雄は違和感を抱く。
先ほどから臨也の様子がおかしい。臨也は静雄に対してこんな態度をとる人間ではないはずだ。
「おい、臨也」
「あの…」
「ああ?」
「ごめんなさい。俺、あなたのことを覚えてなくて…」
「何言ってんだ、手前」
「あなたのことだけじゃない。全部の記憶がないみたいで」
咄嗟に、静雄は臨也がふざけているのだと思った。
だってそうだ。臨也が静雄のことを忘れるだなんて信じ難い。それに記憶がなくなっただなんていかにも悪趣味な臨也がつきそうな嘘だ。
そうして嘘をつき、静雄がどんな反応を示すのか観察しているに違いない。
「おい、ノミ蟲。ふざけんじゃねぇぞ」
「ふざけてなんて…」
「その態度がふざけてるって言ってんだよ!」
静雄が怒鳴りつけると、臨也は縮こまるようにして身を竦めた。
よく見ると、体も小さく震えているようだ。「あの」臨也が、今こうして静雄におびえている。
以前の臨也とは全く異なる行動に、静雄の頭の中で警鐘がなり始めた。
「お前、本当に記憶喪失なのか」
静雄の言葉に、臨也は小さく頷く。
「俺をかついんでんじゃねーのか?」
「どうしてそんなことをしなくちゃならないんですか」
「……。それじゃあ、手前はなぜここに来た」
静雄の問いに、臨也はやっとまっすぐに静雄の目をみた。
二人の視線が今日初めて交錯する。
「病院の人に、あなたが俺を庇ってくれたのだと聞いたから。お礼を言おうと思って」
ありがとうございます、と臨也は小さくお辞儀をした。
その様子をみて、静雄は思わず天を仰ぐ。
――ああ、別人だ。
静雄に対して礼を言う臨也など、今まで見たことがない。
臨也と同じ外見をしているが、目の前の人物は静雄の知る臨也とは完全な別人だった。
信じたくはないが、記憶喪失なのだという臨也の言葉を信じるしかないようだ。
「くそっ!」
苛立ちに任せ、静雄は右手で髪を掻き混ぜる。
臨也に記憶がないということは理解したが、目の前の存在をどのように扱っていいのか分からない。
途方に暮れる静雄に、臨也が控えめに声をかけた。
「あの、ベッドに戻ったほうが…」
「ああ!?」
「た、大変な怪我をしているって聞いたから…」
臨也の言葉に、静雄は自分の体を見下ろした。
確かに、静雄の左半身はひどい様だった。ほぼ全身が包帯で覆われている。特に左肩から下は、ギブスでガチガチに固められていた。もしかしたら複雑骨折でもしているのかもしれない。
今こうして立ってはいるものの、それは静雄の精神力だからこそできるものだ。現に体から伝わってくる痛みはかなりのものだった。
だから、静雄は臨也に促されるがままにベッドに腰掛けた。
最近は体が頑丈になっていただけに、これだけの大怪我をしたのはかなり久しぶりだ。
「さっきは悪ィ。つい怒鳴っちまった」
「こちらこそ…ごめんなさい」
「何で手前が謝るんだ」
「だってあなたがそんな大怪我をしたのは俺のせいだから」
そう言ってまた小さく謝る臨也に、静雄はため息をついた。
記憶を失うだけで、人はこうも変わるものなのだろうか。
これがあの臨也なのだとは信じられないし、調子がくるって仕方がない。
「そんなに謝るなよ。手前の顔で謝られると気持ち悪ぃ」
「でも…」
「それから、俺に敬語を使うのはやめろ。手前にそんなしゃべり方されると鳥肌が立つんだよ」
臨也は呆気にとられたように静雄を見つめていたが、静雄が実際に鳥肌の立った右腕を見せると小さく頷いた。
「これでいい…かな?」
「ああ、ところで手前はどれくらいのことが分かるんだ」
「えっと…俺は身分証明書を持ってなかったみたいだから、実を言うと自分の名前も分からないんだ。イザヤ、でいいの?」
「変な名前だけどな。手前の本名だ。折原臨也っていう」
「へぇ。俺の職業はなに?」
やはり元々好奇心が強い性格をしているのだろう。
臨也は、静雄に対して矢継ぎ早に質問をぶつけた。
その顔は、さっきまでと違い生き生きしている。
静雄は臨也の質問にどう答えるか悩んだが、臨也が情報屋をやっていること、裏の世界とつながりがあること等は、隠すことにした。
目の前の存在は、何も知らないただの子供のように見える。そんな人間をわけの分からない世界に再び引っ張り込むのは気が引けたのだ。
「手前は、高校を卒業してからずっとフラフラしてるな。フリーターみたいなもんか」
「ふぅん、そうなんだ。今は何のバイトをしてるのかな?」
「そこまでは知らねぇ」
「それじゃあ俺と君はどういう関係なの?」
「どうって…」
静雄は答えに窮した。
どういう関係なのかと聞かれれば、殺し合いをしあうほどの犬猿の仲だというのが正解なのだろう。
しかし、この子供のような男にそれを告げることは戸惑われた。
「きっと、仲がよかったんだよね?」
臨也は目を輝かせながら、静雄に聞いてくる。
その様子は、自分に向けられる悪意というものをまるで想像していないかのようだ。
この問いに頷かなければ、この男はきっとひどく落ち込むのだろう。
そう思った瞬間、静雄は反射的に臨也の問いかけに頷いていた。
「ああ、友人だ」
「やっぱり! 俺はきっと君のことが好きだったと思うんだ」
「そ、そうか?」
「うん。君を見ていると、とても心が高揚する」
そう言って、臨也はにこりと笑ってみせた。その笑顔には、以前と違い邪気が全くこもっていない。
ただただ純粋な子供のような笑顔だ。
――こいつでもこんな可愛い顔ができるんだな。
頭の中に自然に浮かんだ感想に、静雄は狼狽した。
この目の前の男は、静雄の天敵である「折原臨也」なのだ。可愛いと形容すること自体が間違っている。
しかし、だ。
目の前にいる男は、全ての記憶を失っているし、言動も行動も今までの臨也とは違う。
とするならば、この男はもはや静雄の嫌う「折原臨也」ではなく、全く別の人間といえるのではないか。
それなら、静雄がこの男を嫌う理由はないのかもしれない。
静雄が一人思考に沈んでいると、臨也が弾んだ声で話しかけてきた。
「ねぇ、俺は君のことをどうやって呼んでいたのかな?」
「…下の名前で呼んでいた」
「君の名前は?」
「平和島静雄だ」
「そう」
臨也は、静雄の名前を暫く口の中で呟いていたが、やがて満面の笑みを浮かべると、ひとつ大きく頷いた。
そして、静雄に向かって嬉しそうに言い放つ。
「それじゃあ、君はシズちゃんだね」
これから君の事をシズちゃんって呼んでもいい?
そう問いかけてくる臨也に、静雄は眩暈がした。
やはり、臨也はどこまでいっても臨也なのだ。記憶を失おうが、少しばかり言動が変わろうが、この男が折原臨也であることは間違いがない。
惑わされてはいけない。
この男は、あくまでも静雄が大嫌いな「折原臨也」なのだ。
静雄は必死になって自分に言い聞かせる。
そんな静雄に向かって、臨也は手を差し出した。
「シズちゃんに改めて御礼を言うよ。助けてくれてありがとう。そして、これからもよろしくね」
楽しそうに笑う臨也の笑顔が眩しくて、静雄は一人目を細めた。
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