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すいかの種は、新サイト(http://suikaumai.web.fc2.com/)に移転しました。小説等の更新は、そちらで行っております。
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静雄は話を終え、大きく息をついた。
今までずっと隠してきた事実がばれてしまったのというのに、不思議と気分はすっきりしていた。
それは秘密を告白する相手が溺愛する弟だったからかもしれない。

「臨也は何も覚えていなかった。自分が誰なのかも、そして昨日までに起こったことも全てだ」
「…それで?」
「焦ったさ。ひょっとしたら悪い病気にでもかかってんじゃねぇかってな。でもあの病院には戻れねーしよ、命を狙われてるんだったらホイホイ外出するっていうわけにもいかねぇ。そうなると、俺が頼れる相手は新羅だけだった」

静雄は、病院から持ち出したCTスキャンの画像と手紙を新羅の家まで持っていった。
その際に臨也の名を騙ったのは、そうする方が違和感が少ないと思ったからだ。
臨也は元来気まぐれな性格をしている上に、人間観察を趣味としている。その臨也が記憶喪失になった静雄を連れて姿をくらますという行動は、静雄が臨也を連れて姿をくらますという行動よりもはるかに理由付けがしやすいと思った。
現に新羅は当初手紙に書かれている臨也の行動に疑問を持たなかったようだから、きっと何らかの理由を作り上げて納得したのだろう。

「…納得できないな。臨也さんを連れて外出できなかったなら、新羅さんを呼べばよかったじゃないか。姿をくらます必要はない」
「あのノミ蟲が梃子摺っていたんだ。敵の素性も分からねぇ。そんな奴らを相手にセルティたちを巻き込みたくなかった」

それなりに説得力のある理由だった。
新羅に事情を話せば、何だかんだで面倒見のいいセルティが事件を解決しようと動き出す可能性は十分にある。静雄は、仲のいいセルティが自分達のせいで厄介ごとに巻き込まれることを望みはしないだろう。

しかし、幽は静雄の話の真偽を見極めるかのように目をじっと見つめる。
そして小さく首を振ると、静雄に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

「兄貴らしくない」
「あ?」
「そんな風にごちゃごちゃ考えるのは兄貴らしくないって言ってるんだ。兄さんは、必死に理由をつくりあげて自分を納得させようとしているように見える」
「…何が言いたい?」
「本当は臨也さんと二人でいたかったんだろ。それで姿をくらました。でもただ姿をくらませるだけでは、騒ぎになる恐れがある。だから、新羅さんにコンタクトをとりそれとなく近況を伝えることにした。俺達が騒ぎ出さないように」
「……」
「兄貴は、臨也さんとの生活を誰にも邪魔されたくなかったんだ」

幽は、静雄の目を真っ直ぐに見つめると、はっきりと言い切った。
普段口数の少ない幽が、これだけ話すことは珍しい。

静雄は幽の目を真っ直ぐに見つめ返した。

「そうかもしれねぇな」
「……」
「俺は臨也のことが好きだ。それは間違いない」
「兄さん」
「だからお前の言うとおり、俺は臨也を外の世界から隔離した。誰とも連絡をとらせないようにして。あいつが俺以外の人間を見ねぇように」
「臨也さんが記憶を取り戻せば、こんな生活が続くわけない」
「ああ、あいつはこんな俺を嘲笑うだろうよ。そして、自分の敵ではなくなった俺を見て、あいつは俺への興味をなくすだろう。俺はそれが怖い」

怖いという言葉とは裏腹に、静雄の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
こんな笑い方をする静雄を、幽は今まで見たことがなかった。
それだけに少し、焦る。まるで少しの間に、兄が自分の知らない存在にでもなってしまったかのような。そんな焦燥感を抱いた。

――いや、これは兄さんだ。俺は兄貴を連れて帰るって決めたんだ。

幽は小さく手を握り締めると、口を開いた。

「こんなの、茶番だ」
「…あ?」
「兄貴が気に入っているのは、記憶を失った臨也さんだ。兄貴は別に臨也さんが好きなわけじゃない。臨也さんは天敵だったはずだろう? 兄貴は、記憶のない臨也さんが以前とは別人に見えて混乱しているだけなんだ」
「…幽」
「いくら記憶を失ったって、臨也さんの本質は変わらない。あの人は、狡猾な人だ。記憶を失ったときに、丁度近くにいた兄さんを利用しているだけなのかもしれない」
「……」
「臨也さんが記憶を取り戻せば、きっと兄貴は今の感情が一時の気の迷いだってことに気づく。だから…」
「もういい」

言葉の先を制したその声音は、今まで幽が聞いたことのないものだった。
昔から、幽を溺愛していた静雄。
喧嘩をして自分にキレることはあっても、こんな感情を押し殺したような声音を自分に発したことがなかった。
それだけに、幽は気づく。
静雄は、自分の知らない間にどうしようもなく変わってしまったのだと。

「気づいたんだ。俺は記憶を失ったあいつを気に入ってるんじゃない。俺は前からあいつのことが…」

幽はおもむろに立ち上がると、奥にみえる扉へと駆け寄った。

「幽!」

静雄の口から悲鳴のような制止がもれた。だが、無視して扉へと手をかける。
今の幽は、静雄を説得する言葉を持たない。
そうと分かれば、幽ができることは一つしか残されていなかった。
――臨也の記憶を取り戻させるのだ。

臨也の記憶が戻れば、先ほどの静雄の言葉の通り臨也は彼の手をすり抜けていくだろう。
そうすれば、この不自然な今の状況は打ち破られる。
そう。打ち破られる、のだ。

「――っ!」

幽は、勢いよく扉を開いた。
寝室と思われるその部屋には、セミダブルのベッドが一つだけ置かれていた。部屋を彩る装飾品もなければ、テレビのような娯楽品もない。えらく殺風景な部屋だ。
臨也は、そんな部屋のベッドの上で、小さく丸まるようにして眠っていた。
まるで何かから身を守ろうとしているかのようなその体勢に、幽は先ほど臨也が発狂していたことを思い出す。

臨也を起こせば、また狂ったように叫びだすのかもしれない。そう思うと、少しだけ幽の胸が痛んだ。
しかし、今は臨也の記憶を取り戻させることの方が先決だ。
記憶を失う前の臨也は、こんなに弱い人間ではなかった。だから、記憶を取り戻せば、また元の強い臨也に戻るのだろう。
つまり、今から行う行為は、静雄にとっても臨也にとってもためになる行為なのだ。
だから自分は間違っていない。

幽は、そう自分に言い聞かせると、眠っている臨也の肩に手をかけた。
そして、細いその体を揺さぶる。

「臨也さん」
「…」
「臨也さん、起きてください」

いくら体を揺さぶっても、臨也は起きようとしない。
幽はもっと大きく揺さぶろうと、臨也の肩を握る手に力をこめた。
そのとき、大きな手が幽の行為を制止した。

「やめろ、幽」

静雄は幽の手をやんわりと掴むと、臨也の肩から手を離させた。

「いくらお前でも、こいつに危害を与えることは許さねぇ」
「危害を与えるつもりはないよ」
「ああ?」
「臨也さんに今までのことを全て話すだけだ。兄貴と臨也さんが憎みあっていたこと、臨也さんが世界で一番嫌っていた人間は兄貴だったってことを。そうすれば、きっと臨也さんは何かを思い出す」
「……」
「思い出さなかったにしても、ここで二人で生活していることに疑問を感じるだろう。天敵だった人間が自分を囲っているんだ。ひょっとしたら恐怖を感じるかもしれない。そうすれば、臨也さんは家族の元に帰る。それが一番自然なことなんだ」

静雄は、たんたんと言葉を続ける幽を静かに見下ろす。
そして、幽の手をそっと離した。

「いいぞ。お前がそうしたいないらそうすればいい」
「…?」
「でも、無駄だ。臨也が俺の元を逃げ出したとしても、俺は臨也をここに連れ戻す」
「怯える臨也さんを監禁するっていうの?」
「違う。こいつは俺を怖がらない。一週間もすれば、また元の臨也に戻る。俺になつく元のこいつに」
「…すごい自信だね」
「だからそういうことじゃねぇんだ。幽、さっき話しただろう。病院に連れ戻してから、臨也は全ての記憶を失っていた」

幽は、静雄の言葉の真意が測れずに首をかしげた。
それが臨也が静雄を怖がらない理由とどう繋がるというのか。

「臨也は、記憶喪失を繰り返しているんだ。今もずっと」
「は?」
「臨也の記憶は、一週間しかもたない」
 

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「…どういうことですか」
「今言ったとおりです。折原さんとの面会は許可することができません」
「どうしてだよ、俺はあいつの友人だ。あいつだって俺になついてる」
「折原さんは、今精神的に不安定な状態にあります。他人と接触することは得策ではありません。彼を不必要に刺激する恐れがある」
「くそっ!」

静雄は、苛立たしげに悪態をついた。
そんな静雄の様子を、白衣を着た医師はどこか冷めた表情で見ている。

あのあとすぐに騒ぎを聞きつけた看護師が病室にやってきた。
結局、臨也は腕を数針縫っただけで命に別状はなかったのだという。しかし、それからが問題だった。
臨也は意識を取り戻すなり、錯乱して人間を怖がった。
あの細い体のどこにそんな力があるのかは分からない。しかし、数人がかりで取り押さえようとしても手がつけられず、結局鎮静剤で眠らされることとなったらしい。

「なぜ急に興奮状態に陥ったのかは分かりませんが、今は様子を…」
「ああ!? 分からないだと? 取り乱して当然じゃねーか、あいつは命を狙われてんだぞ!」

そう言って詰め寄った静雄を、医師はじっと見つめた。
人を観察するかのようなその視線は、はっきり言って不愉快だ。静雄はキレそうになる自分を必死で抑えた。
まだだ、まだ話は終わっていない。それに先ほどから何か嫌な予感がする。

「…それなんですがね。あなたは何者かが折原さんを階段から突き落としたと、そうおっしゃるんですか?」
「ああ、それ以外に何がある」
「いえ、目撃者の話では、折原さんは階段から落ちる前、少し足元がふらついていたそうです。だからこれは単なる事故ではないかと」
「ふざけんな、階段から落ちただけじゃねーんだぞ! それならあいつの夕食を調べてみろ。絶対に何か薬物が…」
「先ほど確認しましたが、折原さんの病室に食事は置いてなかったそうです。こちらの方で手違いがあったのでしょう」
「でもあの看護師は置いてあったって言って」
「きっと見間違えたんですね。今回のことは、階段で足を滑らせた折原さんが精神の安定を崩し、自傷行為に走った。こちらではそう判断しました」
「…っ!」

静雄は、固く右手を握り締めた。爪が手のひらに食い込み、床に血が滴り落ちる。

納得などできるはずがなかった。
あの臨也が階段から足を滑らせたくらいであそこまで取り乱すだろうか。
――答えは、否だ。
臨也は、それほど女々しいヤツではない。あの男は、何か予想外のアクシデントが起こったら、諸手を挙げて喜んでしまうような人間なのだ。たとえ記憶を失ったとしても、臨也の本質的な部分は変わっていない。

『手前は記憶を取り戻したいか?』
『そうだねぇ、取り戻せるならそれに越したことはないと思うけど…。でも正直、どっちでもいいかなぁ。今の状態も結構面白いし』

静雄は、そう言って笑っていた臨也の顔を思い出す。
そんな臨也がここまで怯えているのだ。きっと相当なことが起こったに違いない。
しかし、目の前にいる医師は勝手な推測をたて、勝手に結論付ける。そして、勝手にこの事件を終わらせようとしている。それも自分達にとって都合がいい方向に向かって。

「とにかくあなたは絶対安静なんです。回復スピードは物凄く早いようですが、今はベッドで横になっていてください」
「…なぁ、先生」
「はい?」
「面会の許可がもらえねーならよぉ、無理やりにでも会いに行くしかねぇよなぁ!」

静雄は、右手でベッドテーブルを持ち上げると、思い切り振りかぶった。
テーブルは医師の頭すれすれのところを飛び、派手な音を立てて壁へと激突する。

「言え、臨也はどこにいる」

静雄は、ベッドサイドにあった点滴台を掴むと、先端を医師の喉につきつける。
そして、かすれた悲鳴の中に部屋番号が含まれていたのを聞き取ると、静雄はその部屋を目指して走り出した。



「止まりなさい!」
「誰かっ」
「力のあるヤツを呼んで来い! 取り押さえろ!」

騒ぎを聞きつけたのだろう。途中、何人かの医師や看護師が静雄の行く手を阻もうとした。
しかし、静雄は手に持っていた点滴台を振り回して強行突破していく。
本来は静かであるはずの病院の廊下で、悲鳴と怒号が飛び交う。
それでも静雄は構わずにただひたすらに前へと進んだ。

「入るぞ!」

病室のドアを開けると、臨也は静かに眠っていた。その細い腕には、点滴の針が刺さっている。さっきの話からして、きっと中身は鎮静剤とかいうものなのだろう。
静雄はベッドに走りよると、点滴の針を引き抜いた。

「おい、ノミ蟲。起きろ!」

静雄は乱暴に、臨也の体を揺さぶる。
すると、臨也の瞼が微かに震えた。そして、ゆるゆると瞳が開いていく。

「…っ!」

静雄を瞳にうつすなり、臨也は大きく目を見開いた。昨日の夜と同じ反応だ。
静雄の脳裏に嫌な記憶がよみがえる。昨日臨也はそれから錯乱し、気を失ったのだ。
身を引き裂かれるような悲痛な悲鳴に、いくら抱きしめても震えの止まらなかった体。
もうあんな臨也は見たくない。
しかし、目の前の臨也は表情を強張らせてはいるものの、昨日のように叫びだすことはなかった。

「臨也、俺が分かるか?」

臨也は、小さく頷いた。
聞き取ることはできなかったが、震える唇がシズちゃんと言葉を紡いだような気がする。

「それじゃあ、俺が怖いか?」

臨也は、ゆっくりと首を振る。
臨也の目に、理性の光がともっているのを見て、静雄は大きく息を吐き出した。臨也に拒否されなかったという事実にどうしようもなく安堵する。
と、そのとき病室の扉が勢いよく開いた。
途端に臨也は恐怖で顔を引きつらせ、じりじりと後ずさる。扉から、息を切らした医師と看護師が入ってきたのだ。

「平和島さん、あなた一体どういうつもりなんですか!」
「ちょっと待ってくれ。俺はこいつと話がしたいんだ」
「許可できません」

男の看護師が数人がかりで静雄を押さえつけようとする。
それに静雄は身を捩って抵抗した。今の臨也の目の前であまり暴力を使いたくない。
静雄は、看護師たちを体に纏わりつかせながらも、臨也へとまっすぐに手を伸ばす。

「臨也、俺と一緒に来い!」

臨也は、目の前に差し出された手にびくりと肩を震わせた。
少しの間躊躇していたようだったが、一つ大きく頷くと静雄の手を固く握り締める。
思ったよりも力強いその感触に、静雄は口の端を吊り上げた。

「やっぱり手前はそうじゃなくちゃな」

繋いだ手を引き上げ、静雄は臨也を肩に担ぎ上げる。

「先生よぉ。悪ぃけど、俺達は今から退院するわ」
「は? 何を言って・・・」
「カルテとこいつの脳の写真みてーなやつはもらってくから、よろしくな」
「ちょ、ちょっと」

静雄は、窓を開けた。ここが2階で運がよかったと思う。
3階や4階だったのなら、まだ完治していない体には少しばかりきつかったに違いない。

「しっかり掴まってろよ」

臨也が頷いたのを確認すると、静雄は窓から飛び降りた。






それから先は幽、お前の想像通りだ。
俺は手近なマンションを借りて、こいつとの共同生活を始めた。
あいつも身の安全を確信したんだろうな。2,3日もしたら笑顔を見せるようになった。
だけどよ、一つだけ問題が起こったんだ。





 

その日、静雄は臨也を起こしに寝室に行った。
このマンションに移り住んで以来、食卓に食パンを並べてから臨也を起こしに行くのは、静雄の日課になっている。
臨也は血圧が低いのか、寝覚めが悪い。
そんな臨也の寝顔を見るのがひそかな楽しみだなんてことは誰にも言えない。というか例え言っても誰も信じはしないだろう。

しかしその日はいつもとは違い、寝室に入ると臨也はもう体を起こしていた。
少し残念に思いながらも、静雄は臨也に声を掛ける。

「よう、臨也。今日は早いな。もう目が覚めたのか」

臨也は、静雄の呼びかけにも反応せずに、どこかぼんやりとしている。

「何だ手前、まだ寝ぼけてんのか。朝だぞ、さっさと顔を洗って来い」

静雄は、臨也の肩に手をかけ揺さぶった。
すると臨也は緩慢な動作で静雄の方を向く。
そして、言ったのだ。

「君、誰だっけ?」

 

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